隣の芝生はエメラルドグリーン。

みんなの芝生がキラキラでせつないけど、 なんとかウチの芝生も愛したい・・・そんな日々。

2016年01月

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ロックンローラー


物でも本でも音楽でも
観光地でもホテルでも…

なんでもそうだけど


今や
ネット上で見ると
だいたいのものが

勝手にそのサイト内で
評価されてるよね。
 

星5つ、とか。
評価〇点、とか、
ランキングつけられたりとかさ。。



私がたまに
Tシャツやトートバッグのデザイン販売で
使ってるサイトも、

そういうのがある。

でもここの「星」は
お客さんによるものじゃなくて、

サイト運営側が
独自の基準で判断してつけてるだけのもの。



……だからね、

私はこれが


すっごいやだ。



売れ数とかアクセス数も関係なく
なんでお客さんじゃなくて
あなたに決められて
勝手に星つけられなきゃなんないのよ

と、フツフツとね。。


評価に怒りたいのではなく

星のつけ方が
イマイチ理解できないことが
ちょいちょいあるのさ。


…さらに


画面上で3つ星評価のものがよく並べば、
その分、3つ星じゃないのが
かえって目立ってしまう。


本来は、何もつかないほうが
ランク的には一番下であっても、

その何もつかないものはない
(=0点はない)状態の画面だと、

人間の感覚ってのはね、

星1つや2つが
=なかなかイマイチなもの
に見えてきちゃうわけ。



なんてこったい。

星1つ分でも評価されると、
かえって邪魔なわけさ。

だったら何もつけないでくれ!
っていう。


こちらがどんなに
「あなたの感覚でデザインにだけ注目しておくれ」
って願って売りに出しても、

勝手に星をくっつけられてるおかげで

そのデザインを見る人の目には
どうしたってその評価も一緒に入ってきてしまう。


見てる本人はそんなことないと思ってたって、
人間なんだかんだで

視野に入る星の数にも
判断は左右されるものです。
イメージが自然とコントロールされるものです。



…だから私は、
この評価制度が

なかなか迷惑なものだなと思う。

お客さんの意見じゃないから尚更。



たまに

1つ星つけられたら
私はそれだけでその作品を削除したりします。


この星1つがかえって邪魔だから。

じゃあいいよ、3つ星もらえないなら売らねーよ

とばかりに。
まるでガキの反抗期。笑



実際そういうのは売れないし、
こっちも気分下がるしで

あまり残してもいいことないのです。。




……でもふと

冷静になれば


たかが一運営者の判断だってのに

それに素直に振り回されて
自分の作り出したものに対する愛まで
変わっちゃうなんて…

私、なんてやつ…

とも思う。


がんばって作ったはずなのにね。


勝手に決められた星の数なんて
関係ねー!
私はこの作品が好きなんだ
悪いかコノヤロー!!

とばかりに

私は私で
愛してやればいいのにね。



…まだそこに至るほど
熱い1つ星ものは生み出せてない

ってことだな。。





もうあっという間に2月。

春は目前。

これからのTシャツシーズンに向けて、


もう一度ぶっ飛べ、ロックンローラー。


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*こちらで販売中*



FLY HIGH!


本気断捨離


ひっさしぶりに

もう自分の記憶抹消
(できれば相手の記憶を抹消)
したいくらい

ド恥ずかしい思いをして、


決めた。



……というか

気づきました。





あ、

私、隠してるものが多すぎるから
いけないんだ


って。



何を今更な話ですけど。。




やっぱりね、

他人には見せられないのに
捨てられない

ってものが

ありすぎた。


どのくらい見せられないかと言えば、
もうこれ残して死ぬわけにいかん
レベル。

この若さで何言ってんだって思いつつも、
「いつ死んでもいいようにちゃんと処理しとかなきゃ…」
とここ最近は真面目に考えてたくらい。

…だって、
ニュースで大きく取り上げられるような
事故とか事件に巻き込まれて
亡くなっちゃった若い子って

よくLINEのやりとりやら
Facebookでの投稿やら

あっさり載せられちゃってるでしょ?


あれ…

いくらもう本人はこの世にいないとしても、
周りはそこまで気にしないとしても

絶対恥ずかしい…。


だから

せめて

「絶対見られたくない」レベルのものだけは、
ちゃんと自分が生きてるうちに

捨てるなら捨てる。
隠すなら徹底的に隠す。

って処理しとかなきゃ…と思ってたの。



でもさ、
やはりそもそも

見せられないけど捨てられない

と、何年も過ごしてきてるからには
それだけ自分としてはホントは残しておきたいもの
かつ
自分はできるだけすぐ取り出せるところに置きたいもの

…だったわけで。 

パソコンやスマホの中にあるものまでとなると、
なかなかいろいろだし。。


うーん
処理は相当面倒だな…(気持ち的にも)

と思って

ま、結局、先延ばしにしちゃってたんだよね。
ずっと。

常に危険は感じつつも。




だから今日ね、

ホントもう「生きてるのつらい~~~~」って
叫びたいくらい

うっそーーーーんな感じで
とても凄い偶然が重なりに重なって

結果、見られたくない私の一部を
他人に見られた

ワケですが、


…これはもう
私が変わるために
必然的な出来事だった



と、超前向きに捉えることにいたしました。



相手とはまじでもう一生会えん
と思ってるけど。笑




そう、私がずっとずっと

隠し事抱えすぎたまま
生きてきてしまったから。


だから
これぞ!な出会いなんて
訪れなかったのだ。


見られちゃいかんものが多い私に、
そういう本命の相手をよこすのは
私にとって危険なことだ!

…と神様が判断して

ずっとストップしてくれてたのだ、と。笑



ばかみたいな話ですが、

それなら
ここまで大した出会いがない人生だったとしても

神に感謝です。ホント。



そうか、
私が変わらなきゃいけなかったのだ。

隠し事の処理を
ちゃんとしないと、

どんなに可愛く着飾ったって
大人になろうと背伸びしたって

根本的には何も変わってなかったのだ。



やっとわかった………。




そりゃ誰にだって
他人に言えないことや
秘密にしてることなんて

あるかもしれないけど、

それを

常に危険感じるレベルで
持ってちゃいけないんだね。


秘密は、せめて

もう押入れの奥底まで引っ張り出さないと
見つからない過去の卒アル…

レベルで隠すものに抑えるべき。



ひとつ学んだ。

死ぬほど恥ずかしい思いしたけど、
この1回ですんだことに
私は感謝すべきだし

この1回を
ちゃんと活かすべきだ…。


見られたくないものは
できるだけ早めにその存在を消去すること。




ということで。


ついに断捨離しました。いろんな意味で
本気の。


服や書類より何より
私はもっともっと身近に

断捨離すべきものを抱えてたのだ。



ほんとはね、
手元に置いておきたかったものだって
あるけど

…いざなくしてみれば


…不思議なもので
見えなくなったくらいで
そこまでダメージ負わないんだね。。


結局
なくても生きていけるものだったんだ。

なくなれば
いずれ忘れてしまうものなんだ。。




過去の自分の一部と思うと
ちょっと切ないけれど。。

いつまでもこんなんじゃ
私はずっとこのままだ。




あとどでかく残ってる
私の危険なものは、

前のブログと、
今ここのブログかな……。


こればっかりはなあ。。
うーーーん。困ったものです。


なんとか考えねば。



わかっててくれるから


AKB48の「365日の紙飛行機」が
好きで、

その曲が欲しいがために

CDレンタルしたのだけど。



…………びっくりした。


一緒に入ってるDVDのほうの、
ラスト映像の長さに。。。。



いつものように
全4曲のMVが入ってて、

晩ごはんのあとに
さらっと観るつもりで流したら。


……とちゅう

時計見ながら
「まじか」と思わず
3回は言ってしまったほど。


とんでもなく

濃ゆく……深く……
泣かされ………

とにかく長かった………。

(予想してなかったから余計ですが)



ラスト。
たかみなのお言葉を
映像とともにまとめたやつ。。

WORDS ~minami takahashi speaks words of wisdom~



……そりゃね、

10年分だものね。。

あの偉大なる総監督の、10年。


中盤あたりで
「ああ、この子はとにかく語る子だな…」
とさすがに察してきたので

だからこそ余計に
「あと〇年!?いったい何分かかるのだ……」
と怖くなっての

「まじか」×3

だったんですけども。。




もうね、見終わったあとの

なんとも言えない感が
ハンパなかったっす………。

お腹いっぱい胸いっぱい
というか…


なんかもう

ただただ


ああ、こんな素晴らしい子がいるのに
私って一体…
とむなしくなる気持ちとか

凄すぎて言葉にならない
感動の気持ちとか

とりあえずもう腹いっぱいじゃ…
という苦しい気持ちとか。。


ぜーーーんぶ含めての


ああ……

て感じ。。  



だからもう、この感想は
とてもうまくはまとめられないけれど

ただひとつ、

ひとつだけ、

こうやってたかみなの10年分のお言葉見て、
私なりに学ばされた忘れたくないことが
ひとつあるから

それだけ。



……あのね、


たかみなって

「わかっててくれる」から、
その言葉に耳を傾けられるな


って思ったの。



あっちゃんが卒業発表したとき。
優子ちゃんの卒業コンサートが荒天で中止になったとき。
チーム4がなくされてしまったとき。
傷害事件が起きてしまったとき。
あっちゃんが総選挙2位になったとき。
スピーチで「頑張ってる人が報われてほしい」って泣いてたとき。。

他にもいっぱい。
ぜんぶぜーーーんぶ

大事な場面でたかみなが発する言葉は、

ちゃんと
そこで辛い思いしてる人の気持ちを
痛いくらい一緒に感じてくれた上での

言葉だなって、思えて。


この人はちゃんと、わかってくれてる。
見ててくれたし、想像してくれてるって
本人が感じられるような。

実際そうだったからこそ言えるような言葉たち。


でね、

だからこそ

そこから発せられる厳しい言葉も、
突き放すような言葉も、
ムチ打つような言葉も、

みんな耳を傾けるんだろうなって

思った。


この人の話なら聴こうって

思えるんだろうなって。




個人的には、

たかみなにとって後輩にあたるチーム4のみんなに
かけてた言葉が一番沁みたかな。。

せっかくまとまってきたのに?
ってタイミングで
突然チーム解散させられた子たちに、

「まとまってきたからこそ、壊されたのかもしれない」

って。


なんて斬新なお言葉。。


「悔しいよね」って彼女たちの気持ちに
精一杯なんども寄り添いながら、

「でも」って先輩として見えてた
彼女たちのまだゆるい部分を正直に伝えて、

この組閣を
彼女たちが乗り越えて強くなれるように

これは意味あることなんだよ、
1年後には絶対これでよかったって思える時がくるよ、
このチームの存在は無駄じゃないよ、これからも活かせるよ

って前を向かせる。



話の流れとしては単純なようで…

私、絶対自分だったら後輩にこんなふうに
熱くは伝えてあげられない…

って心底思った。


ドン底気分の彼女たちに

「ショックだよね、辛いよね」って
寄り添ってあげることはできたとしても、

それを
立ち上がらせる言葉をかけるのは

いかに難しいことか。



……よっぽど

伝える側に
中身が詰まってないと

できないものです。


薄っぺらい人間には
とてもとても

真似できないことです。。



だから

たかみなは凄い。

これだけの時間使って、
そのお言葉を映像化されるのです。。



年下だなんてねぇ…

こちらはそれすらつらいっすよ…。苦笑



大泣きしたいくらい辛い状態に陥ったとき、

48グループの誰もが

たかみなに抱きしめてほしい

って思うんじゃないかなあと…


なんとなく思ったなあ。


あの子がギュってしながら言う
「わかるよ」って言葉は
ほんとにあったかくて優しいから。

そして
倒れそうな子を
一番支えられる本気の強さ。




素晴らしいね。
ホント敵いません。

時折見せてくれるおバカっぷりやら
チャーミングな笑顔に

救われるね。

(あれなきゃ、ただただ恐れ多い。。)


遅ればせながら
10周年おめでとうございます。

AKB卒業しても、これからも、ずっと
根っこはあのままのたかみなで

まっすぐ元気に

活躍してほしい。


トモダチホシイ


なんとなく…
前から感じてはいた。


あ、私もしかして

「新しい友達が欲しいのかなあ」

って。



できれば同年代で。
できれば何か共通のものがある子。



なんでかっていうと、

社会に出て何年もたってくると

学生時代はすぐ出会えてたはずの
そういう存在

こそ、周りに増えなくなってきた気がして。


゛同い年の心許せるお友達 ″



……学生時代からの友達なら、
もちろんいる。

特に仲いい子なら、今でも会う。


ただやっぱり、
年月たつほど、それだけの存在って
限られてくるもので

場合によっては
減っていく。(自然と会わなくなる)



そうやって
本当に心開いてすぐ気軽に会える子が
削ぎ落とされてきた今だからこそ、

新しくもう少し…

…って思うようになったのかもしれない。




不思議なもので

私がほんのりそういう気持ちになると


いつも
急にさらっと

「なぜ!?」って感じで

そんなチャンスが降ってくるんだよね。


ただ
それは

あくまでチャンス。


「じゃあこんな機会あげるけど、どう?」
って

神様が差し出してきてるような。


だから
その機会を活かすかどうかも、

発展させられるかどうかも、

あとは私次第。



いつもそう。

だから

わかってる。



そういうチャンスがきたなら、
そういう運命ということ。

そう自然に受けとめて
素直に流れにのっかればいい。


そのために
ちょっと踏み出す勇気がいるなら、

そこは勇気出すべき。


私が動かなかったら、

何も変わらない。







学生時代は、

いやでも同年代の子たちと毎日顔つき合わせて
友達ごっこしなきゃいけなくて

相当な人数と出会うから
共通の何かがある子との出会いも
今よりかんたんだったけど、

その分、
いやだなと思う付き合いだって
山ほどあった。


今は、


そういう「山ほどの付き合い」
からはそれなりに解放されたものの、

気づけば
周りは上司か後輩ばかりで

ある程度同年代の子がいても
敬語で話す仕事上の関係がほとんど。



ただなんでもない話を
ばかげたくだらない話を

なーんも考えず
タメ口で笑ってできるような相手

が、


私はずっと
そばに欲しかったのかな。




一人で生きてけてるようで、

一人が好きなようで、

結局
そうもいかない。


人間関係にそこまでの問題なく

ほどよい付き合いが
みんなとキープできてたって、

孤独は感じる。


一人でやるのは気が進まないなって
思うことが増えると、

何も世界が開けなくなる。



何も別に今から
ともだち100人でっきるかな♪
なんて思ってるわけでは
まったくなくて、


ただ
1人でもいいから

新しい風を感じたいのかもしれない。


この先も末永く
紡いでいけるような。





…こんな気持ちになる日がくるなんて、

学生の頃の私は
思いもしなかった。


ゴールが見えなくても走るか


何を今更

…だけど、

たまにふと

私は何のために
ブログ更新してるんだろうなあと

思う。



はっきり言って今、

この先にゴールは

何も見えてないから。



なんとかしてファン増やしたいだとか
何かしらの仕事につなげたいだとかという
(芸能人のような)目的があって書いてるわけじゃないし、

もう別に
書籍化を目論んでもないし、

知人への近況報告のつもりも
まったくない。

むしろ隠して続けてるから
趣味なのかもわからない。


ずっと読まなきゃ気付かれないだろうけど、
そもそも私は
本来のブログらしい「今日の出来事」的な書き方も
あんまりしないから

日記的な機能さえはたしてない。


もちろん毎日文を書いたところで
私に一銭も入ってはこない。



じゃあこれは
一体何のためなのだ?

最終目的はなんなのだ?

なぜ私は
これだけ意識して続けるのだ???



とりあえず

ゴールは決めないまま
マラソンしてるような。

時々「ここへ行きたい」と思い立って
方向転換しながら

気づくと
その行き先を見失ってる。

でも、それで戸惑いながらも
走るのはとめなくて


…いつのまにやら6年。。




もうちょっと見えたらいいのにな、

とさすがに思う。いつも。


私が
誰に向かって書き続けてるのか。



自分がたまに見返して楽しむだけなら、
いっそパスでもつけて
もっとプライベートなことを事細かに記したほうが
ずっとずっと面白いはず。

今の書き方じゃ色々伏せて書くから、

月日たってから読み返したときに、
人の名前とか場所の名前とか
自分が思い出せないもん。苦笑


だからやっぱり
私は自分の日記使いのためだけに
これを更新し続けてるわけじゃ

…ないんだよね。 


ネット上のブログじゃなきゃ
だめな理由がある。





でもそれすらも
わからなくなり始めてるから

こうやって迷いが生じてるのかな。


たぶん私は
別に最終的なゴールは見えなくても
延々走れる。

書くこと自体は、好きだから。


ただ、

思い立ったときだけ書くのでなく、
意識してこれを日々続けるのに

もうちょっと意味を見出したいだけ。



これは誰の何のためになるのだ?
という原点…



そんなところ。


そういえばの恋


最近雪が積もったから
急に記憶蘇ったのだけど、

そういえば小学生の冬

私は
スキーキャンプに
何度か行かせてもらっていた。

YMCAの。

自分が通ってたわけではなく、友達に誘われて。



ちなみに絶叫マシンが超苦手な私なので、
ぶっちゃけ
スキーもレベルが上がるほど
恐怖でしかなく…

楽しみながらというよりは
主に「怖さに耐えた」記憶ですけども。苦笑



それでも
私の中で
このスキーキャンプに参加した日々は

トータルで思い返せば
楽しかった思い出。

学校がちがう友達がたくさんできる場だったし、
短期間のお泊まりで
ぐんと世界が広がるのが楽しかったんだろうなあ。


そんな中でもね、
なぜか初めて参加した回が

一番、すごく楽しかったのを

いまだに覚えてるのです。


何したとか、どこ行ったとか
そういうのはもうほぼ記憶になくても。

ただワクワク過ごせていた感情だけ
ずっと覚えてる。



なんでかなあ
といろんなシーンを脳内で蘇らせはじめたら、

すぐある人が思い浮かんだから、
答えはあっさり出ました。


はい、小学生の私、
恋をしてたんですね。

かんたん。笑



それもね、

同じ部屋だった男の子
だとか
スキーの班が一緒だった男の子
だとか
行き帰りでしゃべった男の子
だとか…

でなく。


リーダー、でした。
つまり、みんなのおにいさん。

寝泊まりするとき用のグループ分けがあって、
私の部屋担当だったリーダー。


そのチームでレクリエーションも参加した。

まだ小学校3年生くらいだったから、
部屋が男女別じゃなくて
混合だったんだよね。

ふつうに男子と女子が
布団並べて寝ていたという。。

そのとき、引率というか
私の班の面倒みてくれてたおにいさん。


…当時いくつだったんだろう。
たぶん
今の私と同じくらいか、それより下かな。。



今になって思い返してやっと
「あれも恋のひとつか…」と思うのであって、

当時の私はそれを恋とは
認識してなかった気がするけど。



でもすごい好きだった~

いつも
この人がリーダーでよかったーって思ってて
とりあえずたくさんしゃべりたかった。

同じグループで喘息持ちな女の子がいて、
キャンプ中、その子がちょっと体調崩しちゃったとき
当然我らがリーダーが看病するわけで…
内心「いいなあ…」と思っちゃってたり。


キャンプ最終日の帰りの車内では、
みんなで別れを惜しんで
それぞれの「しおり」にメッセージを書き込み合うのが
恒例で、

お世話になった各リーダーにもお願いしにいくと、
それぞれ個性的なサインやらイラストを
描いてくれたんだよね。


で、その自分のリーダーにも
当然描いてもらうわけで

家に帰ってからも
しばらくはしょっちゅうそれ見返してたや。。



ものすごい丸字でね、
絵が(漫画チックに)上手な人だった。

しおりの中身も全部
そのリーダーが書いてたくらい。

キャンプ中も、
部屋で過ごす時間は
うちのグループは
みんなでリーダーにお絵かきおねだりしてたような。


キャンプは12月末くらいだったから、

キャンプ終わって年明けに
年賀状も送ってきてもらえてね。

これまた嬉しかったなーー


例の丸字とかわいいイラストを
何度も眺めた日々。笑



今…

一体どうしてるんだろう。


年齢的に推測すると

もう立派なオジサンなはずだけど。

(恋心的には大変複雑。笑)



まあ…

私の中では
当時の姿のまんま
時間が止まってるわけで、

きっとこの先会うこともないだろうから

このまま止めておこうかなとは
思うけどね。


小さな「そういえばの恋」のまま。



たぶん実家に帰って
押入れのダンボール掘り返せば

絶対、このリーダーの丸字とは
再会できる。

私、しおり捨ててないはずだから。


……なかなか労力を要するので、
掘り返す気は今ないけれど。。



時代だなあ…と思うのは、
正直
リーダーの顔より
あの字のほうを
私が鮮明に覚えてること。

それだけ、今ほど写真を撮ってなかった、
手元に残してなかった
ってことだね。。


大好きだったはずのリーダーの顔を
思い出そうとしても、

まさかのたった1枚の写真の顔しか
思い出せない。
(しかも大してイケメンには写ってない)


…だから
そういえばの恋、なのか。




寒くて

雪がしっかり積もるとね、

思い出します。


スキーキャンプのこと。

そしてあの字と
上手な絵と

同じ部屋だったみんなでくつろいでる
なんてことないシーンの写真1枚。



それしかなかったけど、

それしかなかったから

こんなに鮮明に覚えてるのかもしれない

…ね。


おそらくこの先も
ブレない

冬の思い出。


そこんとこ弱い


いったん落ち着くところを見つけると、

私はずーっと同じ美容院に通う。

何年も。いっさい浮気せず。


でも会社の都合で
住むところ転々としだしてからは、

本当に美容院定まらなくなって、

新規開拓しては、
「合わない…」と1回かぎりで行かなくなってた。



…何が合わないかっていうと、

技術どうこうとか
店の雰囲気とか
より

まず第一に

担当してくれる美容師さんそのもの
…ですよね。

これは女性でも男性でも。


私、直感的に
心開けない人にはホントに開かないので。

もともとプライベートのこと
あれこれ聞かれるの自体苦手なんだけど、

大丈夫な人なら、
全然サラサラ話すのです。

だからそれが自然にできないときは、
ああもうここは1回こっきり

って思う。



…で。

今通ってる所は、
私が「ここ!」って思えた所なので

これまた何年も
通ってる。

少なくとも、引っ越さないかぎりは
ここに通うから、

今他を探すことはない。


ぶっちゃけ、
全部が全部文句なしの
完璧な所!ではないけれど

私としては、

諸々の至らない点は、

私の髪を切ってくれる美容師さん(女性)
そのもので
あっさりカバーされちゃうのです。

そのくらい
私にとって「人」は大事なんだろうな。





で。久しぶりに美容院行った。

そしたらね、

私は予約時間ちょうどに
行ったんだけど、


まだ前の人が終わってなかった。


しばらく座って待たされたものの、

そのままアシスタントさんが
先に髪洗ってくれることに。


…で、まだ終わらない前の人。


なんとなく聞こえてくる会話だと

どうやら仕上がりにしっくりきてないようで、
あれこれグズグズ言ってる。

(クレームではなく、
ここってもうちょっとこうならないですかねーとか
ここがこうなるのはしかたないですかねー
みたいな。)


…しかし申し訳ない(?)ことに
もう次の私がすでに洗髪も終了状態で
隣の隣に座らされており…。
(たぶん洗髪もかなりゆっくりされたはず…)

美容師さんは、
なんとか納得してもらえるように
あれこれアドバイスやら何やら
がんばって伝えてる模様。。


大変気まずい。。

なぜ私が申し訳ない気持ちに
ならねばならないのだ…と思いつつも、

どんなに時間ちょうどで来ていようと、
後から来た以上
まるで私が急かしている気分で。。


いやいいんですよ
私は別に待ちますよ
こんなことで怒らないですよ…
と思いつつ

アシスタントさんがドライヤーまで
してくれはじめ…


完全に髪も乾いて
アシスタントさんにできることなくなり、

私はただ待たされる状態に。




…で。その美容師さん

結局ある程度手直ししたら
続きはアシスタントさんに任せることにしたようで、

私のところに来てくれたけど。


大変だなあ…と思うよね。
もしこれで私が超短気だったら
どうなることやら。

最後にもう1回
その人のところに美容師さんが最終チェックにいって

やっと帰ってましたけど。。




私あんなに粘ったことないや。。
(次の人が来てるのに)



でね。

なんと、
そりゃそうだな話ですけど

私のスタート時間がズレた分、
また次の人が同じ状態になるのよね。

私がまだもう少し時間かかりそう…
な時点で
次の人がご来店。

先にアシスタントさんがシャンプー…
そしてドライヤー…



こっちは気まずいったらない。

別に私のせいで遅れたわけじゃないし、
そもそも私ほとんど注文つけてないから
時間通りに進んでるはず。

でも、次の人にしてみりゃ

私が「まだ終わってない前の人」じゃんね。



美容師さんが、

「髪色思ったより暗かったですかね…?」とか
「前髪もうちょっと切ります?」とか言ってくれても

もう全部

「いや大丈夫です~」

と笑って返してしまう私。それが私。


だってね、

ここで「そうですねー…」なんて言ってしまったら、

髪なんて染め直せるタイミングじゃないじゃん!
前髪だけとはいえ切ったらまた時間かかるじゃん!

………さらに待たせちゃうじゃん!!!



なわけで、
言えないよね。。



しまいには
アシスタントさんがあがらなきゃいけない時間に
なったようで(夜間学校行くらしい)

他のお客さん対応してた別の美容師さんが
そのお客さんの対応を変わり…

そしたら、その美容師さんのお客さんの
タイマーが鳴ったもんだから、
私の対応してくれてた美容師さんがそっちも対応し…


と、見事な一瞬カオス。



美容師さん戻ってきてくれて、
私はそりゃもう

全開の笑顔で「大丈夫です!満足です!」

と言うよね。笑
もう終わらなきゃ!という。。




…弱いんだよなあ、私こういうとこ。

別に私がここで気を遣う必要なんて
ないかもしれないし、
それで私が損することだってあるけど。


でも

「大変そう」って感じちゃうと
もうとにかく自分は迷惑かけないようにしようと
思っちゃうんだな。。


結果、仕上がりには
別に大した不満はないし

いいんです。



…ただちょっと寂しかった。苦笑



サンドイッチ状態のせいで

私の時間が短縮された感。


好きな美容師さんだから、
そりゃ
ホントはゆっくり話したかったもん。。




…でもしかたないね。
それが指名制だもんね。


ここで私がぶーたれないのも、
無駄に粘らないのも、

その美容師さんが好きだからです。

その人の人柄あってこそです。


だからやっぱり

人って大事だよね。



余計な気遣いというか気にしいなせいで
弱い私ですが、

せめてこの美容師さんに

これからも気持ちよく会ってもらうために


私はこれからもこんな感じです。笑


返事はなくても


月日がたってるんだなあ

歳重ねてるんだなあ

と、思う機会は
日々色々あるけれど。


それを少し寂しく感じるのは、

周りの「老い」を感じたとき
かもしれない。




おじいちゃんと
おばあちゃん

父方と母方で
どちらも1人ずつ
なかなかの高齢ながらも
まだ元気でいてくれて、

なかなか会えないけれど

だからこそ
たまにメールをしたり、手紙を送ったりする。



…でもね

その「返信」が

めっきり減ったなあと


ここ最近すごく思うんだよね。



今まで
どんなに誤字脱字あろうと
短い文であろうと
話つながってなかろうと

とにかく返信はくれてた。いつも。


それが、

気づけばポツリポツリと
なくなってきて

いつのまにやら
それも当たり前というか

「まあしかたないな」って思うようになった。



親が様子見に行ってて
ちょうどそっちにいてくれたりすると、

「あんたからメール来たって喜んでるで」
って教えてくれるから

ああちゃんと届いて読んでくれてるんだ

ってわかるけど、


いつもそうタイミングよくいるわけじゃないから、
大抵はわからないまま。

まあそれでも
もしちょっとでも喜んでもらえたらって思うから、

返事は期待せずに送る。



親によると

どうやら孫一同の中でも
私が一番
頻繁にメールしてるみたいで、

いつもありがとなあと
言われる。


なんでもない時でも
ふと連絡したり、贈り物したりするのって

「意外とみんなはしてない気遣いやねんで」
と。



……でも私は、

この何でもないときのちっさい気遣いが

ホントはおっきいと
昔から思ってるから。

結構支えになるって
知ってるから。



だから褒められるとか関係なく、
ただただ

私が、やりたくてやってる。



…だって、

毎日仕事するでもなく
没頭できる趣味もなく
ただ家にいるだけで、

体は思うように動かない。
外出もままならない。
自宅の二階にすらほとんどあがれない。

テレビつけても
耳悪くて聞こえない。

長年連れ添った相方は
もうこの世にいない。

ヘルパーさん帰ったら、
一人。



………そんな毎日。



会いに行けたら一番だけど、

そうもいかないならせめて


たまのメールくらい。ね。




返事なくても、送るよ。

ホントは欲しいけど、
なくても送るよ。




数年前までなら、
こっちから何かしてないときでも

ハガキ送ってきてくれたし、

誕生日前には絶対
お祝いと手紙送ってくれたし、

年賀状も毎年必ず送ってくれた。


でも

ぜーんぶ


気づいたら少しずつなくなってった。



自分の記憶にある
「あの頃はこんなことしてくれた」
「こんなことやってた」
ってのを

思い出すほどに、


ああ…歳とっていってるんだな
こんなに月日が過ぎてるんだな

と感じずにはいられないほど


消えていったものがたくさん。




返事がこないって

こんなに寂しいことなんだなあって
今更ながら思う。

ずっと

当たり前だったから。
何かしら返ってくるのが。



……でもね、

それで私が
これをやめちゃいかんと思う。

返事もらえないからって
やめちゃいかんと思う。



なくても。


喜んでもらえるかぎり。

なんでもない日の
ちょっとしたうれしい出来事に
してもらえるかぎり。


どんなちいさな言葉にも

ちゃんと価値があるはずだから。




返事がないのは寂しいこと。

それでも送るのは、

きっと何かしら意味はあるって
信じてるから。



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