隣の芝生はエメラルドグリーン。

みんなの芝生がキラキラでせつないけど、 なんとかウチの芝生も愛したい・・・そんな日々。

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音とメロディーは変えないで



前回書いたことの、続編

になるけれど。




ちょうど1年前、発表会に出たとき

私がウクレレで
スピッツのある有名ソングを弾いたら、



それを聴いた
初めましての先生が、


あとから私に
わざわざ声をかけに来てくださってね。




私、一言も「スピッツ好き」なんて
言ってないし、

弾いたのは誰もが知るヒット曲だったから、

私がスピッツファンかどうかまでは
わからなかったろうに…


ファンとしては思わず
「おお」と思うちょっとマイナー選曲で、
スピッツのある曲のサビを

ウクレレでさらっと

おしゃれに弾いてくださったのです。 

「この曲、好きなんだよねー」って。

たぶん、私の緊張をほぐす意味もこめて。





そのときのことを
私は今でも覚えていて、

なんとなーーく

ずっと


あーあれ教えてほしいなーって
思ってた。 





だから、1年越しだけど、

本当は私の担当の先生じゃないけど、

思い切ってお願いしてみた。 


1回だけレッスン受けさせてほしいですって。 




それでね、
それが私にとって、

スピッツの曲をウクレレで教わる
3人目の先生で。



やっとわかった。


私、
スピッツの原曲よく知らない人に

「音とメロディーを変えられるのがいや」
だったんだって。 




その先生は、

スピッツのその1曲を私に教えるのに

いろんなパターンの弾き方を
教えてくださって、

それはつまり私が前回書いた「変更」に
あたるわけだけど…



違和感なかったから。 




リズムや、音階が原曲と変わるのは
私、問題なかったのです。

拒否反応出なかった。笑



つまりそこを変えることは、

原曲を
アコースティックバージョンにしたり
カフェミュージックにしたりするのと

同じようなことだったから、

「これはこれでいい」と思えたんだね。 



私は、

本来は上げないところを上げたり、
伸ばさないところ伸ばしたり、
歌詞の切れ目を変えられたりするのが

なんかちがーーーーう!だったのかな。 



それを、
スピッツ好きではない人にされるのが

余計いやだったのかも。





変えることすべてが
だめなわけじゃなかった。

むしろ、
変えることが楽しいこともあるし、

そのほうがウクレレらしさ出るものだって

やっと実感できた。






しかし……

先生3人が

見事に三者三様で。


レッスンで求めることも、大事にすることも、
進め方も、ゴールも、、、

ぜーーーーーんぶ
まったく違った。


楽譜をちゃんと書いたり、
コードを自力で聴きとれるようになることを
大事だとする先生。

楽譜もコードも今の時代ネットですぐ手に入るんだから、
それよりリズムパターンを習うことが大事と言う先生。

どっちも強要せず、とにかく楽しくやろうと、
ベースでセッションしてくれる先生。。


ああ


他も知るって
大事だなあと

つくづく思いました。。


1人の先生にずっと習ってたら、
ずっとその世界しかわからなくて、

ずっとそれを当たり前と思い込んでいたかも。




…どの先生がよかったかってのは、
三者三様すぎて決められないけど。

むしろ
3人を足して3で割った先生がいればベスト

ってとこですけど。。笑 




まあ、

私が 好きな曲を練習する上で

何を大切にしたいかはわかったから

いっか。 




最後にひとつ。

スピッツの曲は、


やっぱりスピッツが好きな人に
習いたいや。

 

好きの順番



楽器を習うっていうのは
昔からやっていたことだけど、

最近になって
やっと気づいたことがある。



…好きな曲ほど、習うのがむずかしいな



って。



なぜかというとね、

私はその「原曲」を
いちばん愛してるわけなので。


それを先生たちに

「ここはこの音のほうがいい」とか
「こういうメロディーにすればいい」とか

変更を加えられるのが
内心とても抵抗あり。。



ちがーーーーーう

ここはこんなんじゃなーーーい


って、

原曲を聴きすぎているが故に、
ちょっとの変更にも違和感を覚えるというか。

受けつけないというか。。


…原曲の作曲者が手を加えるなら、
それは本人の「アレンジ」だから
それはそれ、と素直に聴くだろうけど…


まったく関係ない他人による
「ここはこのほうがよい」が


すごくいやだ。



…あくまで先生側は
私が演奏しやすいように変えてくれてるだけ
なんだけどさ。

それが正しいのも、わかってるんだけどさ。。

だから私はいつも、
その変更通りに練習するけどさ。。



それが好きな曲になってしまうと、

ちょっと話が別なのよ。。




だから、
好きな曲を習うのは、むずかしい。


うまくいくときは、
「わーこれが弾けたー!」って
ノリノリで練習できちゃうんだけど。

うまくいかないときは、

もうこねてこねくりまわして
どうにもならなくなった粘土みたいに

もうどうしようもなくなる。 

私が違和感ありの状態で演奏するから余計。



つまり、あんまりいじらずすむ時のほうが、
うまくいくのよ。




きっとこれは、
好きの順番が関係してる。

その曲を作った人と、それに手を加える先生

原曲そのものと、私が変えて演奏する曲


それぞれ、好きの順番がどうなるか。


当然、上になるほうを
私は大事にしたいと思うよね。



だから、いやなのだ。


好きなものを、
それより好きではないものによって
変更してしまうことが。 





好きだから弾きたいのに、

だからうまくいかない


っていうジレンマを知りました。




だから「カバー」をして
そのカバーが評価される人たちって

凄いなあって思う。

原曲に愛がある人たちにも
「これはこれでいい」って思わせるのは

実はきっととても凄いこと。



アレンジを加えるその人に、
原曲への愛とリスペクトがあってこそ

おかしな変更にはならないんじゃないかな。

好きな人が聴いても、違和感感じないような。 




JASRACが音楽教室からも著作権料を取ろうとしてるって
ニュースで見たけど。

そうなったら、私の行く音楽教室は
もろに対象になるだろうなあ。

レッスン料金変わるなら、ちょっと考えちゃうかも。。


私の勝手な意見としては、

作詞作曲者もしくは歌い手さんが

「私のこの曲は音楽教室で自由に使ってください」
「私のこの曲は著作権料とってください」

って、1曲ずつ決められたらいいのに


……です。

そんなの、いちいち教室で使われてるかどうか
監視しきれないから無理だろうけど。笑


一括で「これ!」って決めるのは
あまりにいろんな人の思いが絡んでむずかしいね。。 




好きだからこそ、思うことが多くなって、
こだわりも出てしまって

むずかしいときがあるんだな。



誰もにある、好きの順番。


 

だからスター



SMAPは、

私知らない曲すごく多いのだけど…

「STAY」って曲が
すごく好きで、
前からしょっちゅう聴いてました。 


でもシングル曲じゃないし、
たまたま私が好きになっただけかな
…なんて
勝手に思っていたら、 


解散前発売のベストアルバムで、
ファンが選んだ1位の曲ってね。。。



そっかあ………
そうかあそうかあ…。

で、改めて歌詞を追ったら、納得。

そうだね。うん。これはそりゃ
このタイミングでファンが選びますわよ。

もうこの曲を1位にすることが、
SMAPを愛するみんなの気持ちよ。。 


いい曲です。ほんと。
何回でも聴いてしまう。





ビストロ最終回のときに、
タモリさんがSMAP一人ひとりにプレゼントしてたものが
星型モチーフで、

ああ、そっか、この5人て
星で表されるのかあ

と、私は今更ちゃんと知ったけれど、


改めてそのことを考える。



こんなに、星型が、スターが、
似合う5人なんて
そうなかなかいないよなあと。


☆は、

どの角がてっぺんに来ても、 その形を保てる。

どの角も等間隔で
それぞれが同じだけ、きれいにまっすぐ伸びてる。


ただし、

全員ちがう方向に伸びていて、
決して被らないし、交わらない。


…んだけど、


全員そろって1つの星を作ってこそ、
超無敵のスター。





……ああ、SMAPだなあって。


たとえそれぞれが独立しても、

誰かが極端にズバ抜けるわけでも
劣るわけでもなく、

同じくらい立派に輝く。
全員ちがう輝き方で。



そして、それが1つの形として集まると

もうそんじょそこらのグループには負けない

偉大な星になるのね。 



だからスターだったんだ。







………スピッツはさ、


(そもそも5人じゃないけど)

こういう形が作れないだろうなあって、
思うんだよね。 


別に星じゃなくても。

四角形やダイヤだとしても。




一角だけが、極端に飛び出して

いびつな形になることは
まちがいないだろうなあって。




…だってもしね、



草野さんが


歌えなくなったら、どうなる?


曲を作れなくなったら、どうなる?

歌詞が浮かばなくなったら、どうなる?


ステージに立てなくなったら、どうなる?

しゃべれなくなったら、どうなる?


結婚して独身じゃなくなったらどうなる?

不倫でもしてイメージ崩壊したらどうなる?



………。



言いだしたらもっともっとキリないけど、


そのくらい



一角が飛び出すぎているということ。

そこゆえ、の
人気だったり、売上だったり、継続だったりが

でかいということ。


たとえば

メンバーの誰か1人が謹慎しなきゃいけなくなったとして、
はたしてSMAPみたいに
残りのメンバーだけでもライブ強行できるか?

って考えたら、

スピッツのライブに
草野さん不在は、ありえないでしょ? 

絶対、公演中止か延期でしょ?




もちろん、

スピッツのメンバー誰が抜けたって、
困ることはまちがいないし、

誰か1人でも欠けたらもうスピッツじゃないって
もちろん思う。
そんなスピッツ絶対いや。


……………た、だ、


それが草野さんだった場合


損害でかすぎない?

って話。 




メンバーだけじゃなく、

スタッフ勢にまで影響あることは、
たしかよね? 


どうやって稼いでゆくの?

家族養ってゆくの?

老後暮らしてゆくの……?


…ってのは大げさだとしても。 



あの一角が
一定期間でもポキっとなったら、

残りの角は、 
どこまでふんばれるのだろうか。


その形を眺めて心ときめかせていた人たちは、

いつまでそれを続けられるだろうか。 




………この、

一角にゆだねる部分が大きすぎる感じ。


が、


危ういなあって、思う。



均等ゆえに輝く「スター」じゃない。





………………まあ、

実際はそんなグループやバンドばかり
だけど。笑

むしろそれが普通で、


SMAPが特殊なんだろうけど。

(あとは嵐とか?) 



もし、一角が崩れることがあって、
その一角が草野さん以外のメンバーだったとしても

結局、 それが草野さんの心にも影響するでしょう。

そしたら結局、全体的にも崩れる。


そういう脆さがある。
依存しあって、1つの形を形成しているような。 


何があっても、それぞれが強く立っていられる。

ファンから変わらぬ愛をもらえる。 


……って思えるような「大丈夫」さ、は、
ないよね。










それでも、いいんだけど。

ヒヤヒヤしつつ、好きでいるけれど。


悪い部分を挙げるとすれば、
そこかなあって。


…いきなり核心まで突っ込みすぎたけどね。笑


だって私、
MCがゆるすぎるだとか、話にオチがないだとか
そういうとこは別に
悪いと思ってないんだもん。笑



自分で話を振った以上、
書いとくべき…と思って書いたけれど、

やっぱり

好きなものにあえて傷をつけるのは

自分も妙なダメージ負うので…


無理して書くのはもうやめておきます。 




さあ、2017年!

元旦早朝から身を粉にして働きましたけど、
こんなお正月はもうこれを最後にするんだー!って
決めたから!

追い風が吹いてるうちに、自分でお尻たたいて走る!

今年は飛ぶ年!


どうかあなたにとっても、
素敵な良き1年となりますように!

 

奇跡は偶然



「喜び」に
持続性はない

と、私は思う。



たとえば何か褒められたり、
感謝してもらえたりして、

あーよかったな、
そう言ってもらえて嬉しいな

って、

そのときは
どんなに心の底から喜んだとしても、


その瞬間の感情っていうのは、


ずーーーっと感じ続けることが
むずかしい。



そのたった1回の喜びを、

自分の中で
何回も何回も再利用

……は、できない。



相手から繰り返し言ってもらわないかぎり、

同じ感情は戻ってこないのです。


「喜び」は、常に1回限定。




だから、

「好き」とか「ありがとう」って、それが
どんなに勇気振り絞って心こめた告白だったとしても、

1回言えばその後一生なくてOK!

…じゃ、ないのよ。



相手の中で、その瞬間の感情は

その後自力で
まったく同じようには再現し続けられないから。 





もちろん、

「ああ、あんなふうに言ってもらえて嬉しかったな」

って覚えておくことはできるし、

それを思い返す瞬間は
もちろん嬉しい気持ちになってるだろうけど、


絶対

まったく同じようには
感じ続けられない。



MAXの喜びは、
どうしたってその瞬間だけであり、

それはその後超えられないのです。




………だから、



伝え続けることが大事。




思ったその時、その時で、
毎回伝えることが大事。




「あのとき言ったからもういいかな」

なんてことは、ないのです。


それは、相手の中で
その時かぎりのものになっているから。




賞味期限が「本日中」
でーっかいホールケーキをプレゼントされて、

「はい、一生分のプレゼント!」

って言われても


困るでしょ?


いや、食べられるの今日だけなのに
これで一生喜び続けろっての!?

と、なるでしょ?



…………そういう感じ。 









私は、こうやって過去の「嬉しかった!」を
自分がどんどん忘れていってしまうって

その喜びを忘れていってしまうって

わかってたから、


だからあえて、書き残すことで
忘れないようにしてた。


…たとえあの瞬間の感情再現は二度とできなくても、

嬉しかった出来事自体は忘れないようにって。




でも…



どうやらそのせいで、
私は

奇跡じゃないものを奇跡にしてきすぎた。


本当は全部ただの偶然だったのに、

1回1回を忘れないように蓄積してきたせいで、
それが連なるほど
奇跡が起きてるみたいになってしまってた。



ばかねぇ。。 



自然と忘れていけばよかったのかもしれない。

シンプルに、
その時その時で

「わーすごい偶然!」
とだけ喜んでいれば

余計な夢は見なかったかもしれない。



ばかだわぁ。。






あなたが信じたかったものは、全部
ただの偶然よ

と、ついに気付かされた日があって、


それ以来

どうも今までのように文が書けない。 



過去に、それなりに面白い文があったとしたら、
それはきっと

私がまだ、夢の中にいるとき。




それがとっぱらわれてしまった今、

どうやって何を書いたらいいか
よくわからない。



…だから余計な奇跡はいらなかったの。



そのせいで

私はもしかしたら、

戻ってきてくれる人に
紐を結びつけてしまっていたかもしれない。 


またそのうち帰ってきてね、と。




ずいぶん昔のケーキを
長々とっておきすぎた
おバカな私は、


もう食べられないそのケーキを

どうしたらいいかわからない。


いっそのこと
それがまだ食べられると信じてたかった

けど、

とっくに期限切れてたと知った私は
もう同じようには文が書けない。



でももう年末だから、
この言葉で締めます。


ありがとう。


 

終わらないで




基本的にはなにごとも、

「必ず終わりはくる」

って、思ってる。


憂鬱なことがある日はとくに、

「終わらない日はないんだから!!!」

って自分を励ますのが効果的。



そうやって
いつだって、終わりを意識して生きる。






・・・・・・だけどやっぱり



終わってほしくないことって、

いっぱいあるよ。



ライブでは、

何回でもアンコールやってほしいって思う。


ツアーが終われば、

早く次また会えるチケットがほしいって思う。


ずっとずーーっと

続いててほしい。 




たとえ、
一度終わることがあっても、


少し休んで
また始まってくれたら、それでいい。



途切れることがあっても、

続いてくれたなら。








SMAP×SMAPの
最終回5時間スペシャルを、

仕事で見られないから録画して、

昨日と今日、2日かけて観た。 




・・・・・・・・・・・・。


テレビ観て久しぶりにこんなに泣いた

ってくらい


何回も何回も、涙出た。




最後はもう、ティッシュが手放せず。



悲しい


悲しい


悲しい悲しい悲しい!




なぜなぜどうして
って


もーーーーーーーって。




ああ、

こういうときは本当に、


言葉にならないんだなあ。



自分の脳内で答えが出ていないと、

なんて発したらいいのかわからない。


だけど何か発したい。


でも何も出てこない。




ただ、ただ、




悲しくて…信じたくなくて。





・・・・・・・どうして?





終わりは、

いろいろ押し殺して無理矢理じゃ、
だめなんだってば。


感動して泣かされたんじゃない。

ただただ悲しくて涙が出た。





周りに強烈なSMAP通がいるわけでもない私は、

マスコミから流し出される情報くらいしか
入ってきてなかったけど。


・・・・なんだかそれは色々ちがうらしいのは

わかった。 







終わらないで。


お願いだから、

またもう一度
5人揃って笑っていて。




「さよならじゃ、ないよな?」



Softbankの愛が、
きっと観ていたみんなを救ったね。




愛されてるのに、

こんなにも愛されてるのに、


だからこんなにもこんなにも苦しい。



終わらないで。


いつか、終わりはくるとしても。


まだ終わらないで。




ハッピーエンドしか、受けつけたくないよ。

 

ナイスフォローな人



超、青春まっしぐらな運動部に入っていた頃、

やたら

「ナイスフォロー!」って


言うのがその部で習慣だった。 



運動部あるあるだけど、
そこで代々引き継がれている
お決まりの声出しだから、
入部すればもう何の違和感もなく使ってた感じ。



試合でも練習でも、誰かのミスを補えれば
もちろん「ナイスフォロー!」と言われるし、
 
1年生が練習用具とか用意しても、毎度
先輩から「ナイスフォロー!」

大事なお知らせとかの連絡まわせば、
返事は皆からの「ナイスフォロー!」


とにかく、ナイスフォロー。
なんでも、ナイスフォロー。


要は、「ありがとー」とか「よくやった」ってときの
褒め言葉。

いいフォローしたね、って。




………離れてみると

当時
異常なくらいこれ言い合ってたな…と

気持ち悪くなるものです。。



いまだに私の中では
この名残があるのか、

今の時代、Twitterでの「フォローする」っていう
言葉のイメージが強いだろうに


どうしても


フォロー=欠けてるものを補う

ってイメージのほうが強い。
 


落ちかかったものを
地面スレスレで
スっと手を出して
拾ってもらう感じも

ナイスフォロー。





………でねー、



ライブでスピッツのMC聞いてると、


「ナイスフォロー!」だらけ

なんですよ、いつも、絶対。



草野さんが。笑



他のお三方と、クージーさん、

皆様それぞれしゃべるとき
結構
何かしら部分的に抜けるのね。

短くしゃべるというか…
あれこれ補足つけずにしゃべるというか…

それだけ楽にゆるく話してくださってるということ
と、思う。笑

きっとご本人は気にしてないだろうし、
というか気付いてないだろうし、
こっちも聞き流せる程度のこと

なんだけど…


ほぼ、


草野さんが拾うから。

相槌として超さらっと。
「〇〇ね」って。



だから、こっちも気付く。
あ、その言葉が足りなかったんだ、って。

おそらく草野ファンは絶対そこ反応してる。

ああ草野さんナイスフォローだわあって。


こればっかりは、

あの時かぎり、とかでなく

この私でも
「毎回そうだなあ」って思ってるから、
詳しいファンから見れば相当なはず。


おそらく、草野さん抜きのお三方で
最初っから最後までMCやられたら、

けっこーー
ファンが「?」の部分、多いと思う。。



だからねーーー

あのフォローは、実は偉大なのですよ。
拾うのも、補うのも、言い換えるのも、まとめるのも

あの草野マシーンがセンターにいないと

どうにもならんのですよ。きっと。 


あの他の皆様のお言葉をうまく訳せるのは、
草野マシーンだけなんですよ、

別に、賢い誰かなら代われるものじゃないのですよ。



だからナイスフォロー!


あのキッツイ日々思い出すから
私この言葉好きじゃないけど

ナイスフォロー!笑


内々でおしゃべりするのでなく、

客席にも聞き手がいる場合、
ああいう仲介人間、大事。

話し手のためにも、聞き手のためにも、

大切な存在。



そんなことが
無意識にいつもできちゃう人に

なりたいものです。

 
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