隣の芝生はエメラルドグリーン。

みんなの芝生がキラキラでせつないけど、 なんとかウチの芝生も愛したい・・・そんな日々。

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キャーと言わない日々



私が働いている所の近くでは、
よくアーティストがミニライブをするからね、

必然的に、それぞれのファンの動きも
何十回とチラ見してきている。 


で。
K-POP男性グループがライブをするときは、
「……だれ?」と思ってしまう私が
おかしいのかと思うほど

大体、ものすんごい数の女子が集まっており。 
みんな、何時間と立ちっぱなしでずっと待ってるわけ。


いざステージ始まれば、
「いや、そこ絶対意味ないでしょ」と思うくらい
何も見えないであろう遠い場所までファンがいて。

必死でメンバーを呼ぶ女の子たちの声。
メンバーのちょっとした言動には悲鳴の嵐。


……もうとり憑かれてるようにしか見えない。
(私にとっては、ただの知らないイケメンたち)


それはもうさすがに見慣れて
驚かなくなったけど。





最近、ライブ直後に
やたらその女の子たちみんなが
その場でうずくまって必死で化粧直しするよなあと

気付いて不思議でね。(かなり異様な光景)


ライブ後に大体、握手会とかやるから、
そのためかなと
はじめは思ってたけど……


ふと

その女の子たちの
その後の流れを見て、

ビックラ仰天。 






自分の希望のメンバーのところに並ぶと
そのメンバーとツーショットが撮れる

んだけど、(現地でCD買った人たちの特典)


それが

ふつ~に二人並んで写真を「ハイポーズ」で撮る
ツーショット、のイメージではなく。 



もはや完全に、
カップルの自撮りでwww




ファンの女の子が、自分のスマホを
好きなメンバーに渡すとね、

その彼は
スマホを天にかざし(笑)

そのままその女の子の肩を抱き寄せて
二人でハイチーズ♡ の、自撮り

なわけ。

第三者のカメラマンが存在しないからこそ、
余計に感じる「二人だけの時間」!!!



ナニコレビックリ!!!!!

時代の進化すげー!!!!!笑


ファンが
憧れの相手にここまで接近できるのが
当たり前の世の中!!!! 




てか、何十人て女子を
次から次へと
慣れた手つきで自撮りしてさばく彼らも
凄かったけどwww 





ははあ。。

こうやって女子は
どんどんハマっていくのかなあ。

また会いたいって全力で恋して

なんとか目を合わせたいと
必死で名前を叫んで
手作りのウチワ振って

ちょっとした仕草にキュン死にして。



そんな彼女たちを
遠目に見ながら


ああ

私、最後に「キャー」って叫んだの
いつだ?


と、思わず考えてしまった。。。。

(結局思い出せなかったレベル) 


会話の中で自然な「きゃあ」は
よく言っていても、

「叫び(悲鳴)のキャー」は、

ないに等しい。



あんなふうに
悲鳴あげるほどアイドルに恋したら、

楽しいんだろうか。
それとも辛いんだろうか。





化粧室でもない公共の場で
しゃがみこんで必死に化粧直しする女の子たち、
 
みーんな


私にはそっくりに見えて。


髪の感じも、メイクの感じも、服の感じも

ぜんぶぜーんぶ。


彼女たちにとっては、
それぞれ個性発揮してるんだろうけど、

傍目には、
「なんか最近の女子って
大体みんなこういう感じだよね」って

一括りにされちゃいそうな似た感じ。 




……なんだかなあ。。
これでも幸せなのかなあと

(超余計なお世話だけど)思うのでした。。


だってきっと、
どんなに一生懸命かわいく自分を盛ったって、
この日のための勝負服を着てきたって、

傍目のこちらには「似たようなもん」て
写っちゃってるくらいだから、

何十人と連続して女子と接触してる彼らにも

きっとそうでしょう……?



「わあ、この子カワイイ!
あとで何とかして連絡とりたい!」

とか、ないでしょう?(知らんけど)


自分と撮影したあとに、
全然また別の女の子に
同じように素敵な笑顔見せてる彼

を、 見るなんて辛いじゃないの。。



そのへんは割り切るのが、
もしかして最近の女子なのかな。 

単純に、イケメンの彼とのツーショットだから
なんとか自分も可愛く写りたい!
という気持ちゆえの化粧直しなのかな。 



なんにせよ、


一生懸命「好き!!!」となってる姿は、
やっぱり

長らく「キャー」を発していない身からすると
どこか羨ましい。



歳とりたくないと思いつつ、

もうそうそう
心の底から悲鳴をあげるほど
アイドルに夢中になることはないだろうと

思ったら、


………私、老けてる。。


と複雑になったのでした。。 





いや、
将来どこかで

氷川きよしファンのおばちゃんみたいに
なってるかも
わからんけど。笑



恋して叫ぶって、

意外とむずかしいのよ。いつのまにやら。

 

言わせたらおしまいの言葉



いつからかわからないけど、
たぶんここ1年くらい……


自分がある言葉を、

向き合う相手に対して
脳内で発することが多くなった

気がして。 




ふと気付いた。


これ……

そもそも私が子どもの頃
ずっと怯えてた言葉じゃん

て。


なんだと思いますか?












「じゃあもういい!」



です。







これはね、
母がブチ切れたときの合図だった。

もう
ちょっとやそっとじゃ許してもらえないレベルに
突入させてしまったことを意味する。


いきなりこれを言われるわけじゃなく、
ここに至るまでに
母は私に対して
あれこれグチグチグチグチ言っているわけでね。

そのお説教モード入りかけ……のうちに、
素直に真摯にさっさと謝っておけばいいものを……


昔の私ってば、

それをつい不機嫌な顔で聞いてしまったり。

そっぽ向いてちゃんと返事しなかったり。

下手したら反論しちゃったり……


してたわけですよ。 


叱られていい気はしないしね。
私には私の言い分があるし。





………でーもーーーー


ここで、
冒頭のお言葉です。


グチグチモードから一転、
プッツンさせちゃう。


じゃあもういい!

もうええ!
もう知らんわ、勝手にし!!!


と、一気に放り出される。 



そこからは、何言っても聞いてもらえない。
目も合わせてもらえず、完全無視。

ひどいと他の家族も巻き込んで
何日も家の中を気まずいモードにしてしまい、

私は大反省&大後悔……という流れ。 


ああ、どうして私
あそこでさっさと謝らなかったの
そもそも
なんでちゃんとお手伝いしなかったの
気をきかせなかったの
ぐうたら昼まで寝てしまったの……

ばかばかばかばか


とね。。



今はさすがにもうこんなやりとり
なくなったけど


実家出るまでは
ほんとアホみたいにこれをくりかえし、

母に「じゃあもういい!」を言わせるたびに


しまったこれ言わせてしまったー………と
頭抱えていた。

私にとって、言わせたらおしまいの言葉。

怯えていた言葉。 




グチグチ叱られてるうちは
まだマシで、

ほんとに怖いのは、

がっしゃーーんとシャッター下ろされてから
なのよね。。 

もう、そう簡単には取り返しがつかない
という意味で。 








……そんな言葉を、


大人になった私は、

いつのまにやら
自分が発する側になっていて。。 


実際、これを口に出して
他人にぶつけたことはほぼないけど、

心ではしょっちゅう思ってるかもしれない。


じゃあもういいって。
 


これは諦めの言葉であると同時に、

相手に対してシャッター下ろす言葉
なのよね。 



もういいです。
あなたには言っても意味がないとわかりました。
伝わらない人にこれ以上話す気もないです。

では、さよーなら、とね。。


そこまで冷たく思わなくても、

「あ、もうこの人にはこの話をしたくない」
って思うことは多々。



どれもこれも、

相手のちょっとした反応や、返事が
きっかけなんだよね。。

相手はまさに、
母を怒らせてしまってから後悔する私同様に

「しまったー」とあとから気付くレベルで
つい発してしまった……ような小さなこと。



でも、私のほうとしては、

あ、こんな反応する人じゃだめだ
こんな返事されたんじゃ、もう話したくない

と、あっさりスイッチ入る。 


そのまま一気に距離を置く。

何かで私が忘れるか、気分入れ替えるまでは、
とことん相手を避けたり、
その話題を二度と出さなかったり。



……怖いよね。

相手が、まだ私と仲良くしたいのであれば。


私のほうは、
「別にこの先一生あなたと話せなくても
私は困らない」
って思ってる強気なんだけど。





まずいなーと思う。
このシャッター下ろし癖。

「じゃあもういい」に突入してから
一気に冷める心。 



そうやって誰かを怯えさせる
怖い女に

いつのまにやらなってしまわぬように……



気をつけねば。

まさかこんなことを思う日が
来ようとは。汗




 

簡潔の美



私が苦手なこと、

それは
文を「短く、簡潔に」書くこと。



これはもう
昔っから。


学校で文集に載せる文を書かされても、
仕事でレポート提出させられても、

必ず

最後は
書いた文をいかに削るか、に
頭悩ませていた。。 


絶対、文字数オーバーするという。。




これはね、

決して、文を書くことが得意なわけではなくて、

ただ


「あれもこれもそれもこれも伝えたい病」


……なんだと思う。 





読み手のことを考えて、

こういう表現じゃ伝わらないかな
じゃあ、こういう補足入れようかな

この話をするなら、
このことも書かないとわかりにくいかな

これをわかってもらうには、
まずここから説明したら納得してもらえるかな


……みたいなことを

とにかく想定していくうちに
どんどん長くなる文。。



でも結局、

なぜこんなにも想定しちゃうのかといえば、


ただ「ちゃんと伝えたいから」
の一心なのよね。。



自分が思ってることを
実際とはズレて捉えられるのを避けたい。

誤解招いたり、

そんなつもりないのに
不快な思いさせたり

したくない。



……そんなこんなで、

仕事でメール1通送るときでさえ、
言い方ひとつを気にする。

送信前にやたら読み直す。


……相手は1回こっきりしか
目を通さないであろうに。。 



それでも、
そうわかっていても、

文にはこだわってしまうんだな。。




ただ本当は、
もっと簡潔に、短い文こそ
書きたくて、憧れ。

別にすべてを書こうとはせず、
余白をあえて作るような。


そうやって

読み手へある程度「ゆだねる」余裕が

私にはないんだろうなあ。 



具沢山じゃないほうがいい、
ものもあるのにね。

私が書く文は、いつも

欲張りすぎた豚汁か。。。。





私は生まれてこの方、
お正月のお雑煮は

「白味噌に丸餅」

でしか食べたことがなくて、

他のお雑煮を知らない。


でも、このお雑煮が私は大好き。



我が家は白味噌に、

花形に切った人参と大根、
丸餅入れて、水菜をのせる

以上、というTHE シンプル。



他には里芋入れたり、
水菜じゃなくてほうれん草だったり…
鰹節まぶしたりとか。




でも白味噌はさ、

やっぱりあれこれ入れすぎず
シンプルな具材でこそ、
生きるなあと

ふと思ってね。


あの優しいあまさは、

あれこれ具材詰め込んだり、
お肉とかまで入れたりしたら

消えてしまいそうで。 


味付けも余計なことしたら、
あの白さが濁ってしまいそうで。




入れすぎない。

抑えてこそ、良さが生きる。伝わる。


……そういうこともあるよね。 





と、


お正月関係なく
白味噌を愛用して思う今日この頃。


相変わらず、詰め込みすぎな文でさ。笑



ああ、白味噌みたいな女になりたいわ。



 

あんぐりするほど共感



東京タラレバ娘、


世代的に共感する内容のドラマだってのは、
聞いて知ってたけど

あえて観ないようにしてた。



まさに同い年の子たちが演じてるから、
そりゃ
私の年齢にフィットした話なんだろうなあとは
思いつつ、

まず「自分はそこにすら至らないでしょう」

って思っててね。

……常に他人より出遅れて生きてる私だからさ。


だからそこにすら追いつけない残念な自分を
わざわざ痛感したくない!

と思って観ないようにしてたわけ。




でも、他の番組のCMのタイミングで
チャンネルまわしたら、たまたまやってたから

つい、CMの間だけ、と思って初めてちらっと見た



ら。




……そのまま ラスト15分

口あんぐりしたまま最後まで観てしまった。。。。 



な、なんじゃこりゃー!

と途中思わず口に出したくらい、

私の感情がまんまドラマになっていた。。。。




あーびっくりした。







……そう、そうなの。

「しっくりこなかった」の。


一緒にいて楽しいと思えなかったし、

なんかちがうっていっぱい思ったし、

本当は、しんどかった。



何より、「好きになろう!」って思って
関わってた。

なかなか他人に恋しない私が悪いんだから
そうするべきだって思って。
相手に恋をするように自分に暗示かけて。

…でもこれが、そもそもおかしかった。


主人公が、

「恋はしようとしてするものじゃない。おちるものだ」

って言ったとき、

ああ、私もそれ思ったから
結局早々におしまいにしてきたんだよな……と蘇った記憶。




思い当たる人たちみんな、

簡単に言えば、
人として「申し分ない人」で、

振ったなんて言ったら
「なんで!?」 と驚かれる大した問題なさで。


主人公が言っていたように、まさに
10年後の自分が嘆いちゃいそうなくらい

手放したら後悔しそうな人たち

だったかもね。

まず自分自身が「ああ、未来の自分に迷惑かけてるな」
って自覚があった。




………それでも。


それでも、それでも…




……「好き」は嘘つけないんだよ。 




頭で恋はできない。
頭で恋すると、しんどい。


ほんとの楽しいって感情を見失って、
楽しいって思い込むようになる。
楽しいフリができるようになる。

でも、心の底からはそう思ってないから、
モヤモヤする。


好きって感情もよくわからなくなって、
相手の「プロフィール」で好きになろうとする。 

でも、心は恋してないから、
ワクワクしない。




でね、

ほんのちょっとしたことがきっかけでも
1つ、自分にとって大事なものが食い違うと

そこからあっさり崩れ始めて、 

どんどん「噛み合わない部分」ばかり目につくようになる。 


主人公が、映画好きという共通点があった恋の相手に
さらっと否定された映画が
実は脚本家になろうと思ったきっかけだったくらい
大好きな映画だったっていうシーンがあって、

そこで急に、ふっとスイッチ切られたかのように
気持ちがどんどん冷めていっていたのが


……まるで自分を見てるみたいだった。 




1つだけ例を挙げるなら、 

スピッツファンという共通点があった人。

ちょうど「雪風」って曲が出て数ヶ月のとき、
その人が それ聴いたことないって言って
びっくりした。

え、ファンなのに、こんな最新曲聴いてないの!?って。


そんなあからさまには聞かなかったけど、
とりあえずなぜなのか聞いてみたらね、



『だってあれ、配信とかされてるだけの曲ですよね』



……って。
CDなってないレベルの曲だからって。




………………。スイッチ、オフ。



ああだめだ、
あの曲をそんな風に言う人、私はだめだ。 


その後、アルバムに入ったその曲を聴いて
彼がどう思ったかは知らんけど、

そのときの私にとって「雪風」は、
CD音源化されてなかろうとも大好きな曲で、

何回も何回も聴いてた曲で。。


スピッツ好きなくせに、
新曲聴いてみようとしないんだ?
聴きもしないで曲の否定するんだ?

って、完全に心が冷めた。 



たった1つの、これだけの出来事で振るわけではなく

いろーーんな「ちぐはぐ」を感じてこそ、
そこに至るわけだけど。


ただ、この1つが、スイッチ切り替えのきっかけとしては
でかかった。

スイッチ切り替わったからこそ、
その後の諸々が、
すべてマイナスに映るようになってしまったわけで。 



べつに悪い人じゃなかった彼は
今でも自分が振られた原因が謎だろうけど、

とにかく結局すべてにおいて
「しっくりこなかった」のよ。
たとえ同じものが好きであったとしても。




どうして、
こんな疲れる思いして恋しなきゃいけないんだろう
ってよく思う。

なんで、結婚につながりそうな恋をしなきゃ
って思うんだろう。


恋は、べつに降ってきてないときは、しなくていいじゃん。

狩りするように必死で探しに行かなくてもいいじゃん。

おちるときは、どうしようもなくおちるのだから。



それをしない生き方を「なぜ!」と言われる世の中が
ほんと疲れるなあと

ずっと思ってる。
 
みんながみんな、すぐ恋できるわけじゃないってば。

うまく成就させられるわけじゃないってば。



いろいろあるんだよ。




私、草野さんになら100%恋してるのに、

なーーーーぜ
同じ感情が他で芽生えてこないんだか。

やーねぇ。



飲めば恋できる薬があるのなら、
飲んで何とかしたいお年頃だけど

もはや私は薬物中毒レベルで
飲み続けないともたなそうだから、


やっぱりこのままでいい。



穴に、自分から落ちに行くのでなく、


うそでしょーーーーーー!?
と、叫んで落ちたい。 




 

時しか解決しない



「時が解決してくれる」

ってよく言うけど。



「もはや時しか解決できないこともある」

って、
友達と話した。



新しいことを始めたり、
新しい環境に変わるときは
とくに

慣れとか経験 なんて、

時が経たない限り、
増やせないわけでさ。


どんなに集中的に予習や練習をしたって、

月日をかけて、時とともに身につけてきたもの

には敵わない。



だから、
仕方ないねって。

時しか解決できないんだから、

どんなに不安でも、
もどかしくても、

待つしかないこともあるねって。



で、必ずそのうち、

解決するんだな。時が。






待つ間はつらい。

できること精一杯やっても、

時間ばかりは早められない。




忘れたいこと、

忘れたい人、

忘れてほしい人、も


なかなか脳内から消えない。



時が消してくれるのに
あと一体何年かかるんだろう。




早く、早く。






……こんなこと書きながら矛盾するけど


今はできるだけ

時がゆっくり過ぎてほしい

かもしれない。



目立って問題は何もないんだけど、

まだ何もないからこそ
動けばその先に可能性があって、

だから呑気に夢を描けて、


無意味なことに
時間をかけられるから。




きっと、

私がたまに現実的に生きられなくなる癖は


時が解決するものじゃない。


時が解決するものだとしたら、
いくらなんでも
時間かかりすぎだもん。笑



直せないのなら、

いっそそんな私でも
まだ大丈夫なように、

今はゆっくり過ぎてほしい。



未来が早まるのは、


現実を生きてるときだけでいい。








音とメロディーは変えないで



前回書いたことの、続編

になるけれど。




ちょうど1年前、発表会に出たとき

私がウクレレで
スピッツのある有名ソングを弾いたら、



それを聴いた
初めましての先生が、


あとから私に
わざわざ声をかけに来てくださってね。




私、一言も「スピッツ好き」なんて
言ってないし、

弾いたのは誰もが知るヒット曲だったから、

私がスピッツファンかどうかまでは
わからなかったろうに…


ファンとしては思わず
「おお」と思うちょっとマイナー選曲で、
スピッツのある曲のサビを

ウクレレでさらっと

おしゃれに弾いてくださったのです。 

「この曲、好きなんだよねー」って。

たぶん、私の緊張をほぐす意味もこめて。





そのときのことを
私は今でも覚えていて、

なんとなーーく

ずっと


あーあれ教えてほしいなーって
思ってた。 





だから、1年越しだけど、

本当は私の担当の先生じゃないけど、

思い切ってお願いしてみた。 


1回だけレッスン受けさせてほしいですって。 




それでね、
それが私にとって、

スピッツの曲をウクレレで教わる
3人目の先生で。



やっとわかった。


私、
スピッツの原曲よく知らない人に

「音とメロディーを変えられるのがいや」
だったんだって。 




その先生は、

スピッツのその1曲を私に教えるのに

いろんなパターンの弾き方を
教えてくださって、

それはつまり私が前回書いた「変更」に
あたるわけだけど…



違和感なかったから。 




リズムや、音階が原曲と変わるのは
私、問題なかったのです。

拒否反応出なかった。笑



つまりそこを変えることは、

原曲を
アコースティックバージョンにしたり
カフェミュージックにしたりするのと

同じようなことだったから、

「これはこれでいい」と思えたんだね。 



私は、

本来は上げないところを上げたり、
伸ばさないところ伸ばしたり、
歌詞の切れ目を変えられたりするのが

なんかちがーーーーう!だったのかな。 



それを、
スピッツ好きではない人にされるのが

余計いやだったのかも。





変えることすべてが
だめなわけじゃなかった。

むしろ、
変えることが楽しいこともあるし、

そのほうがウクレレらしさ出るものだって

やっと実感できた。






しかし……

先生3人が

見事に三者三様で。


レッスンで求めることも、大事にすることも、
進め方も、ゴールも、、、

ぜーーーーーんぶ
まったく違った。


楽譜をちゃんと書いたり、
コードを自力で聴きとれるようになることを
大事だとする先生。

楽譜もコードも今の時代ネットですぐ手に入るんだから、
それよりリズムパターンを習うことが大事と言う先生。

どっちも強要せず、とにかく楽しくやろうと、
ベースでセッションしてくれる先生。。


ああ


他も知るって
大事だなあと

つくづく思いました。。


1人の先生にずっと習ってたら、
ずっとその世界しかわからなくて、

ずっとそれを当たり前と思い込んでいたかも。




…どの先生がよかったかってのは、
三者三様すぎて決められないけど。

むしろ
3人を足して3で割った先生がいればベスト

ってとこですけど。。笑 




まあ、

私が 好きな曲を練習する上で

何を大切にしたいかはわかったから

いっか。 




最後にひとつ。

スピッツの曲は、


やっぱりスピッツが好きな人に
習いたいや。

 
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