隣の芝生はエメラルドグリーン。

みんなの芝生がキラキラでせつないけど、 なんとかウチの芝生も愛したい・・・そんな日々。

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つぶらな瞳で見つめられたい


今私が
羨ましく思ってしまうのは、


子どもを産んだ親バカさん、
ではなく。
 

かわいい犬を飼っている親バカさん


なのです。



もうねぇ…

それが外であろうとテレビの中であろうと
なんであろうと

ただシンプルに

いいなあ~

と微笑ましく見てしまう。



犬はねぇ…
いいよねぇ…
うらぎらないよねぇ…

あのつぶらな瞳がたまんないよ。




いつか飼える生活になったらなあと
ずっと夢見てるんだけど。。


大事な命ですから
そう無責任には踏み出せないし、

そもそも今住んでる所じゃペット禁止だし、

何より、私わんこに手出したら
本気で結婚しなそうだし…


こりゃ、まだまだ実現できないよね。。



あーでも人生、生きてるうちには
なんとか

あのつぶらな瞳に見つめられる生活を
送りたい。。



ピュアなものを求めるのは、
心が汚れてきているSOSでしょうか。





あのね、

私は

「結婚したいと思ってないけど、子どもはほしい」

って言う人の心境がイマイチわからないのです。


よっぽど根っからの子ども好きなら
まあそうなるのかもしれないけど。


私としては順番がひっくり返ってるように思えて、

結婚すっとばして
子どもに想いを馳せることができるってのが
不思議。


今、私は子どもがほしいなんて
これっぽっちも思っておらず

むしろ世の中のネガティブな情報に影響されて

今の時代子ども産んだら大変だよなー…
子どもできたらママ友付き合いで悩まされるんだろうなー…
自分の時間なんてなくなっちゃうだろうなー…

と、いうイメージが大。


だから

我が子のつぶらな瞳を夢見るのでなく、

わんこのつぶらな瞳を夢見る。
そっちが100%ほしい。




……でもね、

もし、結婚したとしたら

こんな私でも「子どもがほしい」と
思うかもしれないなあと

…なんとなく思う。



それは自分の老後のため、とか
親に孫を見せるため、とか
そういう話でなく、


子どもこそが

「結婚相手との間に唯一生み出せる存在」

だから。



こればっかりはもう、
他の何にも変えられないのだよ。。


だからこそ、

結婚したら、「ああ、この人と私の子どもが産めたらな」
って願うんだと思う。

相手のことが誰より大好きだから。



つまりやっぱり

順番としては、


結婚したい人がいる

結婚することができる

その人の子どもがほしいと思う


…だと思うんだな。



子どもがほしいと思うのは、相手ありき。
…きっとね。




でもまあ、

子どもは授かりものって言うし、

何が何でもほしいっていう熱意は
私にはないけど。

もしできたら、そういう運命。
無事生まれたら、奇跡。

そういうもの。

子どもがいない夫婦は、
それはそれで
二人で幸せになる運命ということ。





そんなこんなで

私はとにかく

今、子どもより
100%わんこに夢を見る。笑


赤の他人の子のつぶらな瞳なんかじゃ
癒されない。

いや、ある程度は癒されるけど、

全然足りない。





あのつぶらな瞳に、見つめられたい。




無題のワケ


初めて
タイトルをつけなかった。

何も考えなかった。



つけてもらえる未来が
あったらいいなと

思ったから。



私が何を思い描いて
これを生み出したのか

より、


これをいつかどこかで
目にとめてくれるだれかが

その人の感覚や妄想で

これにタイトルをつけてくれたら


どんなに嬉しいだろう



と、思う。




ジャケット






今までずっとそんなこと
考えたこともなかったけど。




それだけ

受け取ってくれる相手に
ゆだねられたら、

きっと

私が思いもしなかった何かが

生まれるんだろうなと思うと


そんな未来のほうが


わくわくするような。




お店で売られるぬいぐるみが、

一体どんな人のもとへ行って
どんな名前をつけられて
どんな日々を送ることになるのか。


それはもう

この地球上で
何億通りものストーリーが
あるわけでしょう。

そして、
そのストーリーが始められないまま
終わるぬいぐるみも、いる。



そう考えたら、

命があるものと、命がないものの出会いだって

運命。




大切にしなきゃと

ふと部屋を見渡して思う。




この1枚にも

いつか
私が想像もしていなかったような
素敵な未来が訪れることを

…願って。



それが、無題のワケ。


一部代弁


もうすぐ親友の結婚披露宴があって、

私は、
友人代表のスピーチを頼まれてる。


人生初の結婚お祝いスピーチ。


だから手探り状態だけど…

だけど…



絶対、これはもう
頼んでもらったからには

聞いてくれる人全員の心に届くような
あったかくて、涙そそるスピーチにしたいと

すごく思ってる。



…でね、

私は

親友である新婦はいうまでもなく、


そのお母さんも

泣かせたい


…のです。


泣かせたいだと語弊あるけど。。


なんというか、

新婦のお母さんが
きっと口に出しては言えてない
気持ちを
代弁したいような

そんな気持ち。

それが涙につながったら
うれしいなっていう気持ち。


代弁てのもおこがましいけど。。


母の本心の言葉を

どストライクで
私が見つけたい。





…シングルマザーなんだよね。


その子のお母さん。




詳しい事情は
その子があんまり話さないから、

長い付き合いでも
あえて私からは聞かず、ずっと知らないけど。


一応…

一番昔からの友人として、

私はお父さんにも会ったことがある。

そして他の人よりは、
その後あった色々を知ってる。


そんな断片的な記憶をたどるだけでも、

相当


……大変だったと思う。


その子も、お母さんも。


その子が大変だった時点で、
お母さんはそのことも辛かったと思うし。。



……だからね、


私はこのスピーチで


何より

その子とそのお母さんの気持ちを
少し、救いたいのです。


自分が思ってるけど言えてないことを
だれかに言葉で形にされると

その瞬間は衝撃で
涙になったりもするけど、

後々、なぜかふわっと
辛い記憶が
やさしくつつまれたりするから。



お母さんが

娘を託す新郎に
言っておきたいようなこと

たぶん

親友である私も
同じ。



でも偉大なる母の想いを

私と並べるのはさすがに恐れ多いので、

せめて「一部」。


一部、そっと代弁したい。



結婚式って、

両親へのメッセージはあっても

両親からのメッセージは
ないよね。


だから

親が我が子へ想いを伝える機会ってのは
人生で意外とないんじゃないかな。

(テレビに出るような人は別として)


友人代表という枠ではあるけれど、

私は
そこはもう
「新婦をずっと大切に思ってる人代表」として
話したい。

想いを伝える機会がなかなかない人の分も
背負う気持ちで。





泣かせる手紙を書くのは、

正直、自信がある。


問題は、

その手紙を読むときに
まず自分が泣く可能性がある

ということでござんす。笑


友人スピーチで友人が泣けば
それはそれで涙誘うかもしれないけど、

私はもはや
読めないレベルで泣いてしまうんじゃないか
心配っていうね。。笑


こればっかりは練習しても防げないので
どうしようもない。
ただ心配しておくしかない。



新婦やお母さんを泣かせる文を書きたいけど、

それはつまり自分も泣く文なのだ。
…ばかね。



式を素敵に潤わせる腕がほしいな。

まあ…

まだ、これが初めてだからね。


私は最終的には、

この初体験を、ちゃんとやりきることだけを
考えましょう。。




琴線にふれる代弁をめざして。




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いつもいつもありがとう。



闇と光は付き合えるか


薄々気付いてはいたけど、

私はどうも


若いイケメンさんが
非常に苦手。


…大人になってから。



決して嫌われたいわけじゃないので
笑顔はふりまくけど、

距離もそんな遠ざけないけど、

唯一
心のカギは

がっちり閉めちゃう感じ。 



私は一生
この人にホントの自分は
見せないんじゃないかって

よく思う。



ふつうの女の子だったら

仲良くなれるだけで舞い上がっちゃうような
モテそうなタイプ

であるほど、

私の心は頑丈に閉ざされる。


…でもきっとそういう人たちって、
むしろそうやって寄って来てもらえないほうが
珍しいのだろうから

かえって何か刺激してしまうのか

妙に困ったポジションを獲得して
私の悪循環にハマることも。



「もったいない」と言われたって、

私としては

心開けない人といる時間のほうが
つらい。




…じゃあそもそもなんで
心閉ざしちゃうの?

といえば


そりゃ、彼らが若いイケメンさんだから
ですよ。

ただの光なの。



私という人間は、
光だけではできていないため、

本心まで入ってこられるのは

ある程度の闇も
持ち合わせたもの。


…ただ、この闇の加減が微妙なところで、

真っ暗はだめ。
逆に浅はかなのもだめ。


ほどよい深みだけが
しっくり、すんなり、本心に届く。

つまりもう

私が素を出すのは
とても確率が低くて

できる存在は貴重ということですね。。




光は、闇の中にも突き進んでいける。

だから彼らは、
私みたいな人間にも突き進んでくる。

でも、

闇は、光の中に突き進めないの。


なぜ?


光の中に入ってしまったら、
それに完全包囲されて
自分の見せたくないものを照らされてしまうから

よ。




そう結局、

私は若いイケメンさんが
嫌いなんじゃなくて

ただ彼らに
自分の隠すものを照らされるのを
怖れてるだけ。


だから意地でも
心のドアを開けないだけ。



闇と光は付き合えるか。


…これは、
私みたいに

どっちつかず(両方持つタイプ)が
いちばん難しいんだと思う。


完全な光を受け入れられず、
完全な闇も受け入れられないから、

要は

自分と同じようにどっちつかずな
複雑タイプにしか

心のカギは渡さないんだな。




闇が受け入れられる光は、

懐中電灯のような
闇をかき消すまっすぐで強い光じゃなくて、

闇の中でこそ煌くような
遠い小さな星の光。


…闇に勝っちゃう光じゃ

だめなのです。


むしろその闇の中でこそ
その姿が輝いて惹きつけるような

ほどよい光が

闇と付き合える。



まぶしいくらいに光輝けば
誰からもモテるわけじゃ

ないのです。

ある程度の闇を持ち合わせているほうが
妙な安心感を与えることも

あるのです。



…だから私は
ただのイケメンには惚れない。


きっと今、もうそろそろ

そういう時代。


大人でいい


実家に1日だけ帰って、

ちょっと事情があり
過去の手紙をいっぱい読み返した。


小学校高学年から…
約7年間、

SNSでやりとりするのが
日常になる時代まで 

私はずっとある子と文通をしてた。



それをただひたすら
自分の部屋で座り込んで読む。

気軽にLINEやFacebookで連絡とれるようになって
自然と文通をストップした日から、

こんなふうに読み返したことは
一度もなかったから、

もうほぼ

初見の気分。




あまりに内容が幼かったから、
大分ぶっとばして読んだけど

約80通。



小学生のころの手紙は…

もうほんとに
ただお互い、自分の学校での出来事を
かいつまんで
「〇〇へ体験学習に行ったよ」
「運動会で赤組が勝ったよ」
「読書感想文やだな~」
レベルの話をただひたすら

ちょっとずつ、便せん1枚に
さらっと書いて終わる感じ。

オチも何もない
交換日記レベルの薄さ。


それが中学生になると…

部活がどうこう、先輩後輩がどうこう
成績がどうこう…と
話が少し進化し、
友人関係や家族の悩み・グチが
一気に増える(むしろそれが大半)。
簡潔なただの報告しあいだった小学生時代に比べると、
ちゃんと悩みを打ち明け合って、
「やりとり」になった感じ。


そして高校生にもなると…

びっくりするくらい
男女関係の話がほとんど。苦笑
お互いまだ付き合ってはいなくて、
ただそれぞれ
恋をしたり、恋されて悩んだり、
何とも言えない関係にモヤモヤしたり、
周りとのいざこざに心痛めたり。

そして部活や受験の話もいっぱいして、
春にはお互い大学合格し、卒業。。

文通もこのあたりでストップ。


小中学生の頃は気軽に遠出もできず、
ずっと会えないまま手紙のやりとりだけだったけど、

高校生になってからお互い電車通学となり、
半年に1回くらいのペースで会うのが恒例に。


…そのまま今でもそのくらいのペースで会う。



変わったのは…

会って二人ですることや、話すことかなあ。

ふと思い返すと、大人になったんだなあと、
しみじみ思う。



文通してた手紙には、

「4649(よろしく)」とか「1616(いろいろ)」
「~しようNE(ね)」とか「Bye-Bye(バイバイ)」とか
「かわE→(かわいい)」などなど…

懐かしくもダサい書き方がいっぱい。苦笑


字の大きさや、丁寧さは、
日を追うごとに
ちゃんと大人になっていくのが目に見えて。
小さいシールやメモの交換してたのが、
写真になり、
プリクラになり…これまた進化。


ぜんぶ一通り目を通して…

思わず出た、ため息。




ああ…



私たち、大人になったんだな

……大人になれてよかったな


と。





正直ね、もう

「あの頃には戻れなくていい」って思った。
このまま大人でいいって思った。

ちょっと昔までは
トイザらスキッズのCMソングで
「♫大人になんて~なりたくない~」って
しょっちゅう口ずさんでたのに。


約80通の手紙を読んで、タイムスリップして…
私は


子ども時代って
なんて窮屈で残酷だったんだろう


と、思ったのです。




あくまで私の元にあるのは、
あの子が私へ送った手紙だけで

自分があの子へ送った手紙は
一切読めてない。

だから自分が書いた内容は、
あの子の返事内容から憶測するくらいしかできない
けど。



たぶん…
相当悩んでたし、苦しかったろうな
と思う。

あの子の返事だけじゃ、
その辛さはあんまり伝わってこないけど、

とりあえず読み取れる出来事の断片だけ頼りに
記憶をよみがえらせると

思わず脳が拒否するの。


あんまり思い出したくないよ~~~
って。



過去は……
恥ずかしくて目を背けたい自分と
苦い思い出ばかり。




子ども時代が窮屈で残酷なのは、

学校という世界の狭さと、
どうしてもそこで生きなければならない縛りゆえ。

義務教育という環境で
皆と同じ道からそれる発想に至らないので、

とにかく必死でもがいて
その世界でなんとか自分を守る。


私は守りで精一杯だったけど、
周りには自分を守るために武器を振り回す子も多くて、
それでよくわからない傷を負うことも多々あった。
怖いものがいっぱいあった。


私はそんな学校で悩むことが多かったけど、
あの子は家庭で悩むことが多かった。

家庭もある意味、子どもにとっては
どうしてもそこで生きなければならない
縛りの世界。

そこを出たら、自分は生きてけないと
子どもは思うから
必死でそこで何とか耐える。



お互い、「もうやだよー」なんて
軽い書き方しながらも

本当は、SOSだったんだ。

手紙が
唯一吐き出してた場所だったんだ。



せめて、だれかに知っていてほしかった。
共有してほしかった。
味方になってもらいたかった。

…そんな

子どもなりの苦しい気持ちが


なんてことない言葉から

見えてしまった。



………大人になったから。




私たち、大人になれてよかったよ。

だってもう
生きる場所を本気で変えたいと思えば
自力で変えられる。

そこで闘うこともできるけど、
脱出することもできる。


狭い世界にこもらず、
広い世界へ
自分の意志で行ける。


いやだな~って思う人や物事と
うまい距離感でつきあえるようになって、

限界感じたら逃げ出す術も持っていて、

どこでどうやって生きていくかは、
もう自由。



…だから大人になれてよかったよ。

もう大人でいいの。
本当は子どもよりずっとずっと、生きやすいはず。

そりゃ、大変なことはいっぱいだけど。


どんなに大変なこといっぱいでも、

生きる世界が広がったから、

1つの世界が苦しいとき
他で気分転換したりストレス発散したり
悩み吐き出したり…ってのが
自力でできるようになった。

狭くて窮屈な世界だけで生きるより

ずっとずっと乗りきりやすい。




約7年分の手紙が教えてくれたこと。


子どもは、楽なんかじゃなかったよ。

むしろ
大人になれて、ホントによかったよ。


大人になれたことに感謝して、
大人を満喫すべきだ。



…もう子どもには戻らないこの先で、

ずっとね。



スポットライト期間


なんだかんだで

やっぱり私


それなりに恵まれていて、

ラッキーガールで、

幸せ者だなあと


1年に1回、

この祝ってもらえるシーズンに
思う。 



いつもね、
たくさんの愛をあちこちから
もらえているのは

わかってる。

ちゃんと気づいてる。

自分はものすごく愛してもらえているのだと
ちゃんと感じて生きてきてる。



……それでも、

忙しい日々や
モヤモヤする悩みや
どうにもならないストレスで

つい
そんな愛をかき消してしまって

つい
自ら殻にこもりたがるのが日常。






1年に1回、
このシーズンだけは

確実にスポットライトを
当ててもらえるから。



…だからね、

普段よく見えないありがたいものが

一気にぐぐーっと
見えてくる。



たくさんのありがたい言葉をもらって、

ああこんなふうに思ってくれてたんだ
私はこんなふうに見てもらえてるんだ

と、

やっと自分を
明るいところで見つめられるような。




でもこれは

1年に1回、バースデー期間限定なの。

一年で唯一、
自分のいいところ掘り出して伝えてもらえる期間。



そこで

そんなふうに自分を認めてくれる人たちに
心から感謝して、
実際はそこまで至らない自分を反省する。

どの程度至らないかは
自分が一番わかってるから。






いつも愛に気づかないフリしてしまって
ごめんなさい。

どうせ私はとひがんで
ごめんなさい。


いつだって本当は
頭ではわかってる。

ありがたい愛をもらえていること。

でも、スポットライト当たらないと
暗くてよく見えないから、

ない気がしてしまうんです。



1年に1回、
明るくなっていっぱい見えて

反省し、感謝する。


そのくりかえし。

そうやって大切な愛を思い出して
増やして

歳をかさねてく。


そうやって歳をかさねて

愛情深い人間に
なっていけたなら。




愛するから、愛される。



せわしない日々に負けそうなときも、
この原点は忘れないように。



一年後また一歩

今より愛が深められている私で
ありますように。



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