隣の芝生はエメラルドグリーン。

みんなの芝生がキラキラでせつないけど、 なんとかウチの芝生も愛したい・・・そんな日々。

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簡潔の美



私が苦手なこと、

それは
文を「短く、簡潔に」書くこと。



これはもう
昔っから。


学校で文集に載せる文を書かされても、
仕事でレポート提出させられても、

必ず

最後は
書いた文をいかに削るか、に
頭悩ませていた。。 


絶対、文字数オーバーするという。。




これはね、

決して、文を書くことが得意なわけではなくて、

ただ


「あれもこれもそれもこれも伝えたい病」


……なんだと思う。 





読み手のことを考えて、

こういう表現じゃ伝わらないかな
じゃあ、こういう補足入れようかな

この話をするなら、
このことも書かないとわかりにくいかな

これをわかってもらうには、
まずここから説明したら納得してもらえるかな


……みたいなことを

とにかく想定していくうちに
どんどん長くなる文。。



でも結局、

なぜこんなにも想定しちゃうのかといえば、


ただ「ちゃんと伝えたいから」
の一心なのよね。。



自分が思ってることを
実際とはズレて捉えられるのを避けたい。

誤解招いたり、

そんなつもりないのに
不快な思いさせたり

したくない。



……そんなこんなで、

仕事でメール1通送るときでさえ、
言い方ひとつを気にする。

送信前にやたら読み直す。


……相手は1回こっきりしか
目を通さないであろうに。。 



それでも、
そうわかっていても、

文にはこだわってしまうんだな。。




ただ本当は、
もっと簡潔に、短い文こそ
書きたくて、憧れ。

別にすべてを書こうとはせず、
余白をあえて作るような。


そうやって

読み手へある程度「ゆだねる」余裕が

私にはないんだろうなあ。 



具沢山じゃないほうがいい、
ものもあるのにね。

私が書く文は、いつも

欲張りすぎた豚汁か。。。。





私は生まれてこの方、
お正月のお雑煮は

「白味噌に丸餅」

でしか食べたことがなくて、

他のお雑煮を知らない。


でも、このお雑煮が私は大好き。



我が家は白味噌に、

花形に切った人参と大根、
丸餅入れて、水菜をのせる

以上、というTHE シンプル。



他には里芋入れたり、
水菜じゃなくてほうれん草だったり…
鰹節まぶしたりとか。




でも白味噌はさ、

やっぱりあれこれ入れすぎず
シンプルな具材でこそ、
生きるなあと

ふと思ってね。


あの優しいあまさは、

あれこれ具材詰め込んだり、
お肉とかまで入れたりしたら

消えてしまいそうで。 


味付けも余計なことしたら、
あの白さが濁ってしまいそうで。




入れすぎない。

抑えてこそ、良さが生きる。伝わる。


……そういうこともあるよね。 





と、


お正月関係なく
白味噌を愛用して思う今日この頃。


相変わらず、詰め込みすぎな文でさ。笑



ああ、白味噌みたいな女になりたいわ。



 

あんぐりするほど共感



東京タラレバ娘、


世代的に共感する内容のドラマだってのは、
聞いて知ってたけど

あえて観ないようにしてた。



まさに同い年の子たちが演じてるから、
そりゃ
私の年齢にフィットした話なんだろうなあとは
思いつつ、

まず「自分はそこにすら至らないでしょう」

って思っててね。

……常に他人より出遅れて生きてる私だからさ。


だからそこにすら追いつけない残念な自分を
わざわざ痛感したくない!

と思って観ないようにしてたわけ。




でも、他の番組のCMのタイミングで
チャンネルまわしたら、たまたまやってたから

つい、CMの間だけ、と思って初めてちらっと見た



ら。




……そのまま ラスト15分

口あんぐりしたまま最後まで観てしまった。。。。 



な、なんじゃこりゃー!

と途中思わず口に出したくらい、

私の感情がまんまドラマになっていた。。。。




あーびっくりした。







……そう、そうなの。

「しっくりこなかった」の。


一緒にいて楽しいと思えなかったし、

なんかちがうっていっぱい思ったし、

本当は、しんどかった。



何より、「好きになろう!」って思って
関わってた。

なかなか他人に恋しない私が悪いんだから
そうするべきだって思って。
相手に恋をするように自分に暗示かけて。

…でもこれが、そもそもおかしかった。


主人公が、

「恋はしようとしてするものじゃない。おちるものだ」

って言ったとき、

ああ、私もそれ思ったから
結局早々におしまいにしてきたんだよな……と蘇った記憶。




思い当たる人たちみんな、

簡単に言えば、
人として「申し分ない人」で、

振ったなんて言ったら
「なんで!?」 と驚かれる大した問題なさで。


主人公が言っていたように、まさに
10年後の自分が嘆いちゃいそうなくらい

手放したら後悔しそうな人たち

だったかもね。

まず自分自身が「ああ、未来の自分に迷惑かけてるな」
って自覚があった。




………それでも。


それでも、それでも…




……「好き」は嘘つけないんだよ。 




頭で恋はできない。
頭で恋すると、しんどい。


ほんとの楽しいって感情を見失って、
楽しいって思い込むようになる。
楽しいフリができるようになる。

でも、心の底からはそう思ってないから、
モヤモヤする。


好きって感情もよくわからなくなって、
相手の「プロフィール」で好きになろうとする。 

でも、心は恋してないから、
ワクワクしない。




でね、

ほんのちょっとしたことがきっかけでも
1つ、自分にとって大事なものが食い違うと

そこからあっさり崩れ始めて、 

どんどん「噛み合わない部分」ばかり目につくようになる。 


主人公が、映画好きという共通点があった恋の相手に
さらっと否定された映画が
実は脚本家になろうと思ったきっかけだったくらい
大好きな映画だったっていうシーンがあって、

そこで急に、ふっとスイッチ切られたかのように
気持ちがどんどん冷めていっていたのが


……まるで自分を見てるみたいだった。 




1つだけ例を挙げるなら、 

スピッツファンという共通点があった人。

ちょうど「雪風」って曲が出て数ヶ月のとき、
その人が それ聴いたことないって言って
びっくりした。

え、ファンなのに、こんな最新曲聴いてないの!?って。


そんなあからさまには聞かなかったけど、
とりあえずなぜなのか聞いてみたらね、



『だってあれ、配信とかされてるだけの曲ですよね』



……って。
CDなってないレベルの曲だからって。




………………。スイッチ、オフ。



ああだめだ、
あの曲をそんな風に言う人、私はだめだ。 


その後、アルバムに入ったその曲を聴いて
彼がどう思ったかは知らんけど、

そのときの私にとって「雪風」は、
CD音源化されてなかろうとも大好きな曲で、

何回も何回も聴いてた曲で。。


スピッツ好きなくせに、
新曲聴いてみようとしないんだ?
聴きもしないで曲の否定するんだ?

って、完全に心が冷めた。 



たった1つの、これだけの出来事で振るわけではなく

いろーーんな「ちぐはぐ」を感じてこそ、
そこに至るわけだけど。


ただ、この1つが、スイッチ切り替えのきっかけとしては
でかかった。

スイッチ切り替わったからこそ、
その後の諸々が、
すべてマイナスに映るようになってしまったわけで。 



べつに悪い人じゃなかった彼は
今でも自分が振られた原因が謎だろうけど、

とにかく結局すべてにおいて
「しっくりこなかった」のよ。
たとえ同じものが好きであったとしても。




どうして、
こんな疲れる思いして恋しなきゃいけないんだろう
ってよく思う。

なんで、結婚につながりそうな恋をしなきゃ
って思うんだろう。


恋は、べつに降ってきてないときは、しなくていいじゃん。

狩りするように必死で探しに行かなくてもいいじゃん。

おちるときは、どうしようもなくおちるのだから。



それをしない生き方を「なぜ!」と言われる世の中が
ほんと疲れるなあと

ずっと思ってる。
 
みんながみんな、すぐ恋できるわけじゃないってば。

うまく成就させられるわけじゃないってば。



いろいろあるんだよ。




私、草野さんになら100%恋してるのに、

なーーーーぜ
同じ感情が他で芽生えてこないんだか。

やーねぇ。



飲めば恋できる薬があるのなら、
飲んで何とかしたいお年頃だけど

もはや私は薬物中毒レベルで
飲み続けないともたなそうだから、


やっぱりこのままでいい。



穴に、自分から落ちに行くのでなく、


うそでしょーーーーーー!?
と、叫んで落ちたい。 




 

時しか解決しない



「時が解決してくれる」

ってよく言うけど。



「もはや時しか解決できないこともある」

って、
友達と話した。



新しいことを始めたり、
新しい環境に変わるときは
とくに

慣れとか経験 なんて、

時が経たない限り、
増やせないわけでさ。


どんなに集中的に予習や練習をしたって、

月日をかけて、時とともに身につけてきたもの

には敵わない。



だから、
仕方ないねって。

時しか解決できないんだから、

どんなに不安でも、
もどかしくても、

待つしかないこともあるねって。



で、必ずそのうち、

解決するんだな。時が。






待つ間はつらい。

できること精一杯やっても、

時間ばかりは早められない。




忘れたいこと、

忘れたい人、

忘れてほしい人、も


なかなか脳内から消えない。



時が消してくれるのに
あと一体何年かかるんだろう。




早く、早く。






……こんなこと書きながら矛盾するけど


今はできるだけ

時がゆっくり過ぎてほしい

かもしれない。



目立って問題は何もないんだけど、

まだ何もないからこそ
動けばその先に可能性があって、

だから呑気に夢を描けて、


無意味なことに
時間をかけられるから。




きっと、

私がたまに現実的に生きられなくなる癖は


時が解決するものじゃない。


時が解決するものだとしたら、
いくらなんでも
時間かかりすぎだもん。笑



直せないのなら、

いっそそんな私でも
まだ大丈夫なように、

今はゆっくり過ぎてほしい。



未来が早まるのは、


現実を生きてるときだけでいい。








音とメロディーは変えないで



前回書いたことの、続編

になるけれど。




ちょうど1年前、発表会に出たとき

私がウクレレで
スピッツのある有名ソングを弾いたら、



それを聴いた
初めましての先生が、


あとから私に
わざわざ声をかけに来てくださってね。




私、一言も「スピッツ好き」なんて
言ってないし、

弾いたのは誰もが知るヒット曲だったから、

私がスピッツファンかどうかまでは
わからなかったろうに…


ファンとしては思わず
「おお」と思うちょっとマイナー選曲で、
スピッツのある曲のサビを

ウクレレでさらっと

おしゃれに弾いてくださったのです。 

「この曲、好きなんだよねー」って。

たぶん、私の緊張をほぐす意味もこめて。





そのときのことを
私は今でも覚えていて、

なんとなーーく

ずっと


あーあれ教えてほしいなーって
思ってた。 





だから、1年越しだけど、

本当は私の担当の先生じゃないけど、

思い切ってお願いしてみた。 


1回だけレッスン受けさせてほしいですって。 




それでね、
それが私にとって、

スピッツの曲をウクレレで教わる
3人目の先生で。



やっとわかった。


私、
スピッツの原曲よく知らない人に

「音とメロディーを変えられるのがいや」
だったんだって。 




その先生は、

スピッツのその1曲を私に教えるのに

いろんなパターンの弾き方を
教えてくださって、

それはつまり私が前回書いた「変更」に
あたるわけだけど…



違和感なかったから。 




リズムや、音階が原曲と変わるのは
私、問題なかったのです。

拒否反応出なかった。笑



つまりそこを変えることは、

原曲を
アコースティックバージョンにしたり
カフェミュージックにしたりするのと

同じようなことだったから、

「これはこれでいい」と思えたんだね。 



私は、

本来は上げないところを上げたり、
伸ばさないところ伸ばしたり、
歌詞の切れ目を変えられたりするのが

なんかちがーーーーう!だったのかな。 



それを、
スピッツ好きではない人にされるのが

余計いやだったのかも。





変えることすべてが
だめなわけじゃなかった。

むしろ、
変えることが楽しいこともあるし、

そのほうがウクレレらしさ出るものだって

やっと実感できた。






しかし……

先生3人が

見事に三者三様で。


レッスンで求めることも、大事にすることも、
進め方も、ゴールも、、、

ぜーーーーーんぶ
まったく違った。


楽譜をちゃんと書いたり、
コードを自力で聴きとれるようになることを
大事だとする先生。

楽譜もコードも今の時代ネットですぐ手に入るんだから、
それよりリズムパターンを習うことが大事と言う先生。

どっちも強要せず、とにかく楽しくやろうと、
ベースでセッションしてくれる先生。。


ああ


他も知るって
大事だなあと

つくづく思いました。。


1人の先生にずっと習ってたら、
ずっとその世界しかわからなくて、

ずっとそれを当たり前と思い込んでいたかも。




…どの先生がよかったかってのは、
三者三様すぎて決められないけど。

むしろ
3人を足して3で割った先生がいればベスト

ってとこですけど。。笑 




まあ、

私が 好きな曲を練習する上で

何を大切にしたいかはわかったから

いっか。 




最後にひとつ。

スピッツの曲は、


やっぱりスピッツが好きな人に
習いたいや。

 

好きの順番



楽器を習うっていうのは
昔からやっていたことだけど、

最近になって
やっと気づいたことがある。



…好きな曲ほど、習うのがむずかしいな



って。



なぜかというとね、

私はその「原曲」を
いちばん愛してるわけなので。


それを先生たちに

「ここはこの音のほうがいい」とか
「こういうメロディーにすればいい」とか

変更を加えられるのが
内心とても抵抗あり。。



ちがーーーーーう

ここはこんなんじゃなーーーい


って、

原曲を聴きすぎているが故に、
ちょっとの変更にも違和感を覚えるというか。

受けつけないというか。。


…原曲の作曲者が手を加えるなら、
それは本人の「アレンジ」だから
それはそれ、と素直に聴くだろうけど…


まったく関係ない他人による
「ここはこのほうがよい」が


すごくいやだ。



…あくまで先生側は
私が演奏しやすいように変えてくれてるだけ
なんだけどさ。

それが正しいのも、わかってるんだけどさ。。

だから私はいつも、
その変更通りに練習するけどさ。。



それが好きな曲になってしまうと、

ちょっと話が別なのよ。。




だから、
好きな曲を習うのは、むずかしい。


うまくいくときは、
「わーこれが弾けたー!」って
ノリノリで練習できちゃうんだけど。

うまくいかないときは、

もうこねてこねくりまわして
どうにもならなくなった粘土みたいに

もうどうしようもなくなる。 

私が違和感ありの状態で演奏するから余計。



つまり、あんまりいじらずすむ時のほうが、
うまくいくのよ。




きっとこれは、
好きの順番が関係してる。

その曲を作った人と、それに手を加える先生

原曲そのものと、私が変えて演奏する曲


それぞれ、好きの順番がどうなるか。


当然、上になるほうを
私は大事にしたいと思うよね。



だから、いやなのだ。


好きなものを、
それより好きではないものによって
変更してしまうことが。 





好きだから弾きたいのに、

だからうまくいかない


っていうジレンマを知りました。




だから「カバー」をして
そのカバーが評価される人たちって

凄いなあって思う。

原曲に愛がある人たちにも
「これはこれでいい」って思わせるのは

実はきっととても凄いこと。



アレンジを加えるその人に、
原曲への愛とリスペクトがあってこそ

おかしな変更にはならないんじゃないかな。

好きな人が聴いても、違和感感じないような。 




JASRACが音楽教室からも著作権料を取ろうとしてるって
ニュースで見たけど。

そうなったら、私の行く音楽教室は
もろに対象になるだろうなあ。

レッスン料金変わるなら、ちょっと考えちゃうかも。。


私の勝手な意見としては、

作詞作曲者もしくは歌い手さんが

「私のこの曲は音楽教室で自由に使ってください」
「私のこの曲は著作権料とってください」

って、1曲ずつ決められたらいいのに


……です。

そんなの、いちいち教室で使われてるかどうか
監視しきれないから無理だろうけど。笑


一括で「これ!」って決めるのは
あまりにいろんな人の思いが絡んでむずかしいね。。 




好きだからこそ、思うことが多くなって、
こだわりも出てしまって

むずかしいときがあるんだな。



誰もにある、好きの順番。


 

だからスター



SMAPは、

私知らない曲すごく多いのだけど…

「STAY」って曲が
すごく好きで、
前からしょっちゅう聴いてました。 


でもシングル曲じゃないし、
たまたま私が好きになっただけかな
…なんて
勝手に思っていたら、 


解散前発売のベストアルバムで、
ファンが選んだ1位の曲ってね。。。



そっかあ………
そうかあそうかあ…。

で、改めて歌詞を追ったら、納得。

そうだね。うん。これはそりゃ
このタイミングでファンが選びますわよ。

もうこの曲を1位にすることが、
SMAPを愛するみんなの気持ちよ。。 


いい曲です。ほんと。
何回でも聴いてしまう。





ビストロ最終回のときに、
タモリさんがSMAP一人ひとりにプレゼントしてたものが
星型モチーフで、

ああ、そっか、この5人て
星で表されるのかあ

と、私は今更ちゃんと知ったけれど、


改めてそのことを考える。



こんなに、星型が、スターが、
似合う5人なんて
そうなかなかいないよなあと。


☆は、

どの角がてっぺんに来ても、 その形を保てる。

どの角も等間隔で
それぞれが同じだけ、きれいにまっすぐ伸びてる。


ただし、

全員ちがう方向に伸びていて、
決して被らないし、交わらない。


…んだけど、


全員そろって1つの星を作ってこそ、
超無敵のスター。





……ああ、SMAPだなあって。


たとえそれぞれが独立しても、

誰かが極端にズバ抜けるわけでも
劣るわけでもなく、

同じくらい立派に輝く。
全員ちがう輝き方で。



そして、それが1つの形として集まると

もうそんじょそこらのグループには負けない

偉大な星になるのね。 



だからスターだったんだ。







………スピッツはさ、


(そもそも5人じゃないけど)

こういう形が作れないだろうなあって、
思うんだよね。 


別に星じゃなくても。

四角形やダイヤだとしても。




一角だけが、極端に飛び出して

いびつな形になることは
まちがいないだろうなあって。




…だってもしね、



草野さんが


歌えなくなったら、どうなる?


曲を作れなくなったら、どうなる?

歌詞が浮かばなくなったら、どうなる?


ステージに立てなくなったら、どうなる?

しゃべれなくなったら、どうなる?


結婚して独身じゃなくなったらどうなる?

不倫でもしてイメージ崩壊したらどうなる?



………。



言いだしたらもっともっとキリないけど、


そのくらい



一角が飛び出すぎているということ。

そこゆえ、の
人気だったり、売上だったり、継続だったりが

でかいということ。


たとえば

メンバーの誰か1人が謹慎しなきゃいけなくなったとして、
はたしてSMAPみたいに
残りのメンバーだけでもライブ強行できるか?

って考えたら、

スピッツのライブに
草野さん不在は、ありえないでしょ? 

絶対、公演中止か延期でしょ?




もちろん、

スピッツのメンバー誰が抜けたって、
困ることはまちがいないし、

誰か1人でも欠けたらもうスピッツじゃないって
もちろん思う。
そんなスピッツ絶対いや。


……………た、だ、


それが草野さんだった場合


損害でかすぎない?

って話。 




メンバーだけじゃなく、

スタッフ勢にまで影響あることは、
たしかよね? 


どうやって稼いでゆくの?

家族養ってゆくの?

老後暮らしてゆくの……?


…ってのは大げさだとしても。 



あの一角が
一定期間でもポキっとなったら、

残りの角は、 
どこまでふんばれるのだろうか。


その形を眺めて心ときめかせていた人たちは、

いつまでそれを続けられるだろうか。 




………この、

一角にゆだねる部分が大きすぎる感じ。


が、


危ういなあって、思う。



均等ゆえに輝く「スター」じゃない。





………………まあ、

実際はそんなグループやバンドばかり
だけど。笑

むしろそれが普通で、


SMAPが特殊なんだろうけど。

(あとは嵐とか?) 



もし、一角が崩れることがあって、
その一角が草野さん以外のメンバーだったとしても

結局、 それが草野さんの心にも影響するでしょう。

そしたら結局、全体的にも崩れる。


そういう脆さがある。
依存しあって、1つの形を形成しているような。 


何があっても、それぞれが強く立っていられる。

ファンから変わらぬ愛をもらえる。 


……って思えるような「大丈夫」さ、は、
ないよね。










それでも、いいんだけど。

ヒヤヒヤしつつ、好きでいるけれど。


悪い部分を挙げるとすれば、
そこかなあって。


…いきなり核心まで突っ込みすぎたけどね。笑


だって私、
MCがゆるすぎるだとか、話にオチがないだとか
そういうとこは別に
悪いと思ってないんだもん。笑



自分で話を振った以上、
書いとくべき…と思って書いたけれど、

やっぱり

好きなものにあえて傷をつけるのは

自分も妙なダメージ負うので…


無理して書くのはもうやめておきます。 




さあ、2017年!

元旦早朝から身を粉にして働きましたけど、
こんなお正月はもうこれを最後にするんだー!って
決めたから!

追い風が吹いてるうちに、自分でお尻たたいて走る!

今年は飛ぶ年!


どうかあなたにとっても、
素敵な良き1年となりますように!

 
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